阪神大震災から13年が経ちました。
13年前のあの日。
当時も今と同じく張り込みの日々。深夜3時過ぎに就寝した私は9時に目が覚めました。
それとほぼ同時に編集部から掛かってきた電話。
「こんな状況ではとても無理だからしばらく張り込みは中止します」
電話を切ってすぐにテレビを着けた私は愕然としました。
2時間後、私は編集部に上がりました。
そして関西に行く取材班に加えてくれと志願しました。
その数年前には、北海道南西沖地震の取材にも行っていました。その時に多くの人とふれあい、多くを学びました。
その時の経験から、テレビから垂れ流される広がる被害一辺倒の取材ではなく、私の目に映るものを人間として伝えたい、そう思いました。
しかし残念ながら記者の派遣メンバーは決まった後だったため、私は編集部でのバックアップ要員となりました。
いつもとまったく変わらない日常の中にある東京。
それでもテレビからは刻一刻と凄まじい被害の模様が映し出される。
編集部にいる人間の中には、現実感を感じられず、一種の高揚感を感じている人間もいました。
私は北海道での惨状を見ているだけに、そうした無神経な人間に無性に腹が立ち、声を荒げてしまったのを記憶しています。
13年前と言えば、私は20代半ば。血気盛んだったんでしょうね。
結局、私が関西に行ったのはそれから一年後でした。
そこには想像していた以上に復旧した光景がありました。
関東に生まれ育った私がいくら言葉を尽くしても、実際に体験した方々の苦労を語ることは出来ません。
本当の現実を知らずにこのような日記を書いて申し訳なく思っています。
書き上がったこの日記をエントリーするか、しばらく悩みました。
しかしそれぞれの立場で過去を伝えていくのは意味があるのではと考えてアップする事にしました。
被害を受けた方々の冥福を祈ります。
2008年01月17日
2007年08月21日
目の前に・・・
会社の飲み会があって、珍しく地下鉄に乗ったら・・・
途中の駅から力士が乗ってきた。
髷から見るに幕下の力士だね。
そりゃあ幕内の力士は電車には乗らんしね。
彼が座ったのは目の前の席。
なんだか久しぶりにビン付け油の匂い。(10年以上前に相撲番だったんです)
しかも都庁前で乗り換えたら、また同じ車両に乗ってきた。
そしてまた目の前の席。
いや、特にオチはないし。ただそれだけの話。
と、力士を前にエントリーをしてみる。
2006年11月25日
バッティング開眼まであと何ヵ月?
今日は突発で仕事が入ってしまったため、昼過ぎに河川敷から撤収しちゃいました。
期末試験が終わって一段落だからか、3年生が8人も来ていて、急遽紅白戦をやろうってことになったんだけど、残念ながら見ることは出来ず。
その話は明日にでも他の父兄やまーぼから情報収集しようと思います。
さてさて、先日からちょっともったいつけていた、満木さんとお会いした話。
事の始まりはまーぼの治療で満木さんのもとに訪れたときの事です。
治療のときはいつも色々な話をしているんですが、その中で、てんてん君がバッティングを教わっている人がいると言う話になりました。
そしてまーぼにも、一度来てみないか、と誘ってくれたんです。
レギュラー取りのためにはバッティングが最大の課題であるまーぼ。すごくありがたい話でしたが、まーぼもそれなりに多忙な中学生。
千葉までとなると難しいかなぁと思ったんですが、教わっているのは神宮球場近くのバッティングセンターだと言うではないですか。
神宮ならばウチから電車で一本。いくら電車経験が少ないまーぼでも迷うことなく行くことが出来ます。
しかもやっているのは水曜日。図らずも期末テストは火曜と水曜。試験も終わってるから何の問題もありません。
と、いうことで行ってまいりましたよ。仕事の関係で私も行けるか、微妙だったんですが、どんな指導なのか気になりますからね。何とか都合を付けて神宮に駆け付けてきました。
私が到着したのはちょうど5時頃。
電車で向かったまーぼはすでに着いているはず。
中に入ってみると広めの通路の一番奥で、すでに満木さんの治療を受けているまーぼの姿が見えました。
先週の練習で痛みが再発してしまったまーぼ。バットスイングでも痛みが走るという状態だったんですが、満木さんのミニミニハートフィルのおかげでそれもまったくなくなり、指導が受けられる状態にしていただきました。
まずはてんてん君に初対面。そしててんてん君を指導しているSさんを紹介していただきました。
とても柔和な表情の方で、まーぼもビビるこてなく教わることが出来るかなぁと思いましたね。(笑)
普段はてんてん君を含めて小学生に教えていることも影響しているかもしれませんね。
まずはチェックのために1ゲーム打ってみました。
すぐに指摘されたのがインステップになってしまう癖。そして体重移動、フォロースルーの形など、あっという間に何ヶ所も指摘されました。
そして1ゲームを終えたまーぼのもとに行くと、一つ一つ身振り手振りをつけてマンツーマンで教えてくれました。
この指導を見聞きしたときに私は覚悟しました。
最初は様子見で一番安い千円のカードを購入していたんですが、すぐに3千円のカードを買いに走りましたよ。
そのまま延々打ち続け、合間に指導を受け、合計4千円分の使い切る頃には、センター方向や左方向に強いライナーがどんどん飛ぶようになりました。
正直、私が今まで見たことがないような打球ばかり。本当にまーぼが打ってるの?と言いたくなるほどでした。
まーぼがバンバン打ちまくっている間、てんてん君も含めてSさんに教わっている他の小学生達のバッティングも見せてもらいましたが、どの子もすごく良いバッティングしてるんですよ。
だって130kmをバンバン打ってるんですよ。てんてん君も含めてみんなしっかり打ち返してるんですよ。
バッティングはセンスだ、なんて言う人がいますが、この光景を見て、バッティングも指導でどんどん伸びるんだと実感しました。
帰りぎわ、まーぼが「あっち(左)方向にあんな強い打球が飛んだのは初めてだからすごくうれしかった」と話していました。
時間と金さえあればまだまだ1時間でも打ちそうな勢いでした。
ただ、そのバッティングをものにするにはまだ時間が掛かるでしょう。
しかし自分でもあんな打球が打てるという実感を掴んだことがこの日の一番の収穫でしょう。
いざとなれば満木さんのミニミニハートフィルもありますし、バッティング開眼のために神宮に通うことに決めました。
Sさんの経歴などまだまだ知らないこともありますが、その指導の確かさだけは実感しました。
次回は一番高い5千円のカードを買うお金を持たせることにします。
期末試験が終わって一段落だからか、3年生が8人も来ていて、急遽紅白戦をやろうってことになったんだけど、残念ながら見ることは出来ず。
その話は明日にでも他の父兄やまーぼから情報収集しようと思います。
さてさて、先日からちょっともったいつけていた、満木さんとお会いした話。
事の始まりはまーぼの治療で満木さんのもとに訪れたときの事です。
治療のときはいつも色々な話をしているんですが、その中で、てんてん君がバッティングを教わっている人がいると言う話になりました。
そしてまーぼにも、一度来てみないか、と誘ってくれたんです。
レギュラー取りのためにはバッティングが最大の課題であるまーぼ。すごくありがたい話でしたが、まーぼもそれなりに多忙な中学生。
千葉までとなると難しいかなぁと思ったんですが、教わっているのは神宮球場近くのバッティングセンターだと言うではないですか。
神宮ならばウチから電車で一本。いくら電車経験が少ないまーぼでも迷うことなく行くことが出来ます。
しかもやっているのは水曜日。図らずも期末テストは火曜と水曜。試験も終わってるから何の問題もありません。
と、いうことで行ってまいりましたよ。仕事の関係で私も行けるか、微妙だったんですが、どんな指導なのか気になりますからね。何とか都合を付けて神宮に駆け付けてきました。
私が到着したのはちょうど5時頃。
電車で向かったまーぼはすでに着いているはず。
中に入ってみると広めの通路の一番奥で、すでに満木さんの治療を受けているまーぼの姿が見えました。
先週の練習で痛みが再発してしまったまーぼ。バットスイングでも痛みが走るという状態だったんですが、満木さんのミニミニハートフィルのおかげでそれもまったくなくなり、指導が受けられる状態にしていただきました。
まずはてんてん君に初対面。そしててんてん君を指導しているSさんを紹介していただきました。
とても柔和な表情の方で、まーぼもビビるこてなく教わることが出来るかなぁと思いましたね。(笑)
普段はてんてん君を含めて小学生に教えていることも影響しているかもしれませんね。
まずはチェックのために1ゲーム打ってみました。
すぐに指摘されたのがインステップになってしまう癖。そして体重移動、フォロースルーの形など、あっという間に何ヶ所も指摘されました。
そして1ゲームを終えたまーぼのもとに行くと、一つ一つ身振り手振りをつけてマンツーマンで教えてくれました。
この指導を見聞きしたときに私は覚悟しました。
最初は様子見で一番安い千円のカードを購入していたんですが、すぐに3千円のカードを買いに走りましたよ。
そのまま延々打ち続け、合間に指導を受け、合計4千円分の使い切る頃には、センター方向や左方向に強いライナーがどんどん飛ぶようになりました。
正直、私が今まで見たことがないような打球ばかり。本当にまーぼが打ってるの?と言いたくなるほどでした。
まーぼがバンバン打ちまくっている間、てんてん君も含めてSさんに教わっている他の小学生達のバッティングも見せてもらいましたが、どの子もすごく良いバッティングしてるんですよ。
だって130kmをバンバン打ってるんですよ。てんてん君も含めてみんなしっかり打ち返してるんですよ。
バッティングはセンスだ、なんて言う人がいますが、この光景を見て、バッティングも指導でどんどん伸びるんだと実感しました。
帰りぎわ、まーぼが「あっち(左)方向にあんな強い打球が飛んだのは初めてだからすごくうれしかった」と話していました。
時間と金さえあればまだまだ1時間でも打ちそうな勢いでした。
ただ、そのバッティングをものにするにはまだ時間が掛かるでしょう。
しかし自分でもあんな打球が打てるという実感を掴んだことがこの日の一番の収穫でしょう。
いざとなれば満木さんのミニミニハートフィルもありますし、バッティング開眼のために神宮に通うことに決めました。
Sさんの経歴などまだまだ知らないこともありますが、その指導の確かさだけは実感しました。
次回は一番高い5千円のカードを買うお金を持たせることにします。
2006年10月11日
似合わないったらありゃしない
今日はバスケ部の秋季新人戦がありました。
本来なら出られないと思っていたんですが、顧問の配慮かはたまた戦力としてなのか、ともあれまーぼもユニフォームをもらい、大会にエントリー出来ました。
まーぼの背番号は7 ポジションはセンターです。スラムダンクで言うと、キャプテンのゴリこと赤木剛憲の位置になりますね。一番背の高い選手がなることが多く、一番パワーがある選手がなるポジションって事だそうです。当然のことですが、まーぼはゴリダンクなんて出来ません。一応念のため。(^_^;)
まーぼに当てはめて考えると、確かに背はチームで一番早いかな。パワーに関しては分かりません。細いですからね。
ウチのバスケ部の2年生は全員中学になってからバスケを始めた選手。まーぼとまーぼの友達に至っては今年2月に転部したばかりですから、バスケ歴わずか8ヶ月。そんな二人がスタメンですからねぇ。いかにウチのバスケ部が弱いかわかりますよね。
かたや対戦相手は、見る限りほとんどの選手がミニバス出身者と思われる。
戦前の噂でもほぼ勝ち目はないだろうと言うことのよう。しかもただの負けではなく、100点取られた上にこっちは果たしてどれだけ点が取れるかってくらい実力差はあるらしい。
ちょっと寝坊してしまったせいで、学校に到着したときにはすでに試合が始まってました。
得点板を見ると、22ー2。どちらが22なのか、そしてどっちが2なのか聞くまでもありませんでした。
噂には聞いてましたが、本当にまーぼはスタメン出場。似合わないながらも、コート中を素早く走り回っていました。
そうこうしている間にゴール下のまーぼにパスが。ワンステップして振り向くとすぐさまシュート。リングの周りをグルグル回りながらも何とかゴールイン。
このあとも何度もシュートミスを繰り返しながらもちょっとずつ得点していく我がバスケ部。しかしそれ以上に取られる得点が多すぎる。
パスミスから速攻を食らう。ドリブルミスで相手にボールを奪われる。リバウンドを奪えず得点機を逃す。
バスケの試合をあまり見たことのない私でもウチが弱い理由が分かりました。
一番の原因はボールへの執着心。混戦になると間違いなく相手にボールを奪われてしまう。
ドリブル、パス、シュート、どの技術も相手の方が上なのは間違いないけど、それ以上に気持ちの部分で負けてしまっていた。
それはまーぼにしてもそう。せっかく身長があるのにほとんどリバウンドに飛ばない。
私の横では一緒に見ていた中学時代バスケ部だった奥さんがイライラしまくってました。
結局、32−91で敗戦。周りのお母さん達は「100点取られなくて良かった」とか「30点も取れて良かった」とちっちゃな幸せに浸っていました。
俺からすれば、練習方法を少し変えるだけで、勝てないまでももう少し良い試合が出来たんじゃないかと思ってしまいました。まぁ、それは顧問の考えることだから何も言えませんけどね。
それでもドリブルもシュートもへたくそながら、総得点の半分以上を取りましたから、ポジションからすれば及第点なのかなぁ。何たってヤツは野球選手ですからね。(と、無理矢理自分を納得させてみました)
まぁ、フルタイム出場し続けて、コート中走り回ったから、良い体力作りににはなってるかな。
午後からももう一試合あったんだけど、残念ながら観戦は出来ませんでした。
最初に対戦したチームより強いらしいから、また負けちゃうでしょう。
しかしたっぷり走り回ってくれればそれでよし。なんたって野球選手ですから(まだ言ってるし)
本来なら出られないと思っていたんですが、顧問の配慮かはたまた戦力としてなのか、ともあれまーぼもユニフォームをもらい、大会にエントリー出来ました。
まーぼの背番号は7 ポジションはセンターです。スラムダンクで言うと、キャプテンのゴリこと赤木剛憲の位置になりますね。一番背の高い選手がなることが多く、一番パワーがある選手がなるポジションって事だそうです。当然のことですが、まーぼはゴリダンクなんて出来ません。一応念のため。(^_^;)
まーぼに当てはめて考えると、確かに背はチームで一番早いかな。パワーに関しては分かりません。細いですからね。
ウチのバスケ部の2年生は全員中学になってからバスケを始めた選手。まーぼとまーぼの友達に至っては今年2月に転部したばかりですから、バスケ歴わずか8ヶ月。そんな二人がスタメンですからねぇ。いかにウチのバスケ部が弱いかわかりますよね。
かたや対戦相手は、見る限りほとんどの選手がミニバス出身者と思われる。
戦前の噂でもほぼ勝ち目はないだろうと言うことのよう。しかもただの負けではなく、100点取られた上にこっちは果たしてどれだけ点が取れるかってくらい実力差はあるらしい。
ちょっと寝坊してしまったせいで、学校に到着したときにはすでに試合が始まってました。
得点板を見ると、22ー2。どちらが22なのか、そしてどっちが2なのか聞くまでもありませんでした。
噂には聞いてましたが、本当にまーぼはスタメン出場。似合わないながらも、コート中を素早く走り回っていました。
そうこうしている間にゴール下のまーぼにパスが。ワンステップして振り向くとすぐさまシュート。リングの周りをグルグル回りながらも何とかゴールイン。
このあとも何度もシュートミスを繰り返しながらもちょっとずつ得点していく我がバスケ部。しかしそれ以上に取られる得点が多すぎる。
パスミスから速攻を食らう。ドリブルミスで相手にボールを奪われる。リバウンドを奪えず得点機を逃す。
バスケの試合をあまり見たことのない私でもウチが弱い理由が分かりました。
一番の原因はボールへの執着心。混戦になると間違いなく相手にボールを奪われてしまう。
ドリブル、パス、シュート、どの技術も相手の方が上なのは間違いないけど、それ以上に気持ちの部分で負けてしまっていた。
それはまーぼにしてもそう。せっかく身長があるのにほとんどリバウンドに飛ばない。
私の横では一緒に見ていた中学時代バスケ部だった奥さんがイライラしまくってました。
結局、32−91で敗戦。周りのお母さん達は「100点取られなくて良かった」とか「30点も取れて良かった」とちっちゃな幸せに浸っていました。
俺からすれば、練習方法を少し変えるだけで、勝てないまでももう少し良い試合が出来たんじゃないかと思ってしまいました。まぁ、それは顧問の考えることだから何も言えませんけどね。
それでもドリブルもシュートもへたくそながら、総得点の半分以上を取りましたから、ポジションからすれば及第点なのかなぁ。何たってヤツは野球選手ですからね。(と、無理矢理自分を納得させてみました)
まぁ、フルタイム出場し続けて、コート中走り回ったから、良い体力作りににはなってるかな。
午後からももう一試合あったんだけど、残念ながら観戦は出来ませんでした。
最初に対戦したチームより強いらしいから、また負けちゃうでしょう。
しかしたっぷり走り回ってくれればそれでよし。なんたって野球選手ですから(まだ言ってるし)
2006年04月10日
2006年03月04日
またか・・・
また甲子園出場チームの不祥事が発生してしまった。
っていうか、今回の場合、登録されてる選手になんの落ち度があるの?
高野連は「学校側が独自で下した決断」なんてなすりつけるようなことを言ってるけど、そうせざるを得ない空気を作ってきたからでしょう、高野連が。
飲んだ卒業生がバカなのか
飲ませたお店がバカなのか
飲みに行くことを止めなかった親がバカなのか
飲むことを禁止していなかった学校側がバカなのか
卒業式はもう済んでいたそうですね。それでも3月31日までは高校生。これは誰でも分かってることでしょう。
しかしこの時期に酒を飲んでいる高校生(?)は日本全国にごまんといるでしょう。
それでも今回咎められたのは甲子園に出場する学校の選手だから。
世の中の人はどこまで品行方正な高校生を望んでいるんでしょう。
高校球児だって普通の高校生ですから、大人っぽいことに憧れる、背伸びすることはあるでしょう。
それをきちんと指導していくのが、親であり学校の役目なんじゃないですかね。
先輩が目の前で飲むのを止めなかった訳じゃないでしょう。
現役の選手が知らないところで先輩のやったことを、後輩に責任を取らせるのは、まったく筋違いの気がするんですが。
もう誰でもいいです。こんな理不尽なことをし続ける高野連、高校野球界に一石を投じる人が現れて欲しいです。
っていうか、今回の場合、登録されてる選手になんの落ち度があるの?
高野連は「学校側が独自で下した決断」なんてなすりつけるようなことを言ってるけど、そうせざるを得ない空気を作ってきたからでしょう、高野連が。
飲んだ卒業生がバカなのか
飲ませたお店がバカなのか
飲みに行くことを止めなかった親がバカなのか
飲むことを禁止していなかった学校側がバカなのか
卒業式はもう済んでいたそうですね。それでも3月31日までは高校生。これは誰でも分かってることでしょう。
しかしこの時期に酒を飲んでいる高校生(?)は日本全国にごまんといるでしょう。
それでも今回咎められたのは甲子園に出場する学校の選手だから。
世の中の人はどこまで品行方正な高校生を望んでいるんでしょう。
高校球児だって普通の高校生ですから、大人っぽいことに憧れる、背伸びすることはあるでしょう。
それをきちんと指導していくのが、親であり学校の役目なんじゃないですかね。
先輩が目の前で飲むのを止めなかった訳じゃないでしょう。
現役の選手が知らないところで先輩のやったことを、後輩に責任を取らせるのは、まったく筋違いの気がするんですが。
もう誰でもいいです。こんな理不尽なことをし続ける高野連、高校野球界に一石を投じる人が現れて欲しいです。
2006年02月24日
荒川静香金メダル!
いやー、早起きした甲斐がありました。
今回のオリンピック初の日の丸。おめでとう。荒川選手。
俺的には初のライブでの表彰式。見ようと期待させる競技が全然なかったからね。元々冬期の種目にさほど興味もなかったし。
まぁ、全然世界レベルじゃないのに、勝手に日本のマスコミに祭り上げられてる選手も多かったのもあるかな。
日本人選手は精神的に弱いとか言われてるけど、やっぱりこの期間にベストのパフォーマンスを出す事の大変さだよね。
ベストのパフォーマンスを出せて、W杯や世界選手権で結果を残したってさほど騒がれないのに、五輪で自己のベストを出せなかっただけで責められるのは酷だよね。
さぁて、あとは何の競技が残ってるんだ?
もう五輪は終わり?って感じなんだけど、間違い?
今回のオリンピック初の日の丸。おめでとう。荒川選手。
俺的には初のライブでの表彰式。見ようと期待させる競技が全然なかったからね。元々冬期の種目にさほど興味もなかったし。
まぁ、全然世界レベルじゃないのに、勝手に日本のマスコミに祭り上げられてる選手も多かったのもあるかな。
日本人選手は精神的に弱いとか言われてるけど、やっぱりこの期間にベストのパフォーマンスを出す事の大変さだよね。
ベストのパフォーマンスを出せて、W杯や世界選手権で結果を残したってさほど騒がれないのに、五輪で自己のベストを出せなかっただけで責められるのは酷だよね。
さぁて、あとは何の競技が残ってるんだ?
もう五輪は終わり?って感じなんだけど、間違い?
2006年02月17日
肩透かしのバレンタイン
すっかり乗り遅れてしまった感のあるバレンタインネタですが、すんなり『何個でした!』とか言えない状況だったんですよ。
現段階でわかってるのは
「0個だよ!何でそんなこと聞くんだよ!」(本人談)
と、言うことです。
とはいえ、普段、私のブログや奥さんのブログを読んでいる方はご存じでしょう。
まーぼがこの手の話題が嫌いだということを。
そしてまーぼに彼女がいると言うことを。
そういう事を考えると、まーぼの言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。
そこで、ちょっと知り合いのお母さんに聞き込みをしてみたら、ビックリするような事がわかった。
どうやらバレンタインイブの13日に、大規模なチョコ没収事件が起こったらしい。
ウチの学校は、学業に関係ない物を持ってくる事に関してとにかく厳しい。
生徒側もその辺は心得ていて、わざわざ前日の13日に持ってきた子がかなりいたみたいなんです。
しかし、それを発見されちゃったうかつな子がいたみたいなんですね。
で、「カバンの中、全部出せー。」と、いうことになったみたい。
中には「お小遣いを5千円近く使って買ってきたのに。」という、OLみたいな子もいたみたいです。
その没収されたチョコがどうなったのかは、現段階ではわかっていません。まさか捨てることはできないでしょう。
まさか今の中学でこんな不粋な事が行われてるとは思いませんでしたよ。
この問題はもうちょっと追跡調査しようと思ってます。
現段階でわかってるのは
「0個だよ!何でそんなこと聞くんだよ!」(本人談)
と、言うことです。
とはいえ、普段、私のブログや奥さんのブログを読んでいる方はご存じでしょう。
まーぼがこの手の話題が嫌いだということを。
そしてまーぼに彼女がいると言うことを。
そういう事を考えると、まーぼの言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。
そこで、ちょっと知り合いのお母さんに聞き込みをしてみたら、ビックリするような事がわかった。
どうやらバレンタインイブの13日に、大規模なチョコ没収事件が起こったらしい。
ウチの学校は、学業に関係ない物を持ってくる事に関してとにかく厳しい。
生徒側もその辺は心得ていて、わざわざ前日の13日に持ってきた子がかなりいたみたいなんです。
しかし、それを発見されちゃったうかつな子がいたみたいなんですね。
で、「カバンの中、全部出せー。」と、いうことになったみたい。
中には「お小遣いを5千円近く使って買ってきたのに。」という、OLみたいな子もいたみたいです。
その没収されたチョコがどうなったのかは、現段階ではわかっていません。まさか捨てることはできないでしょう。
まさか今の中学でこんな不粋な事が行われてるとは思いませんでしたよ。
この問題はもうちょっと追跡調査しようと思ってます。
2006年02月14日
2005年12月20日
ロードレース大会
晴天に恵まれた本日、無事ロードレース大会が行われました。
ウチのロードレース大会は校庭を半周したのち、学校を飛び出し、歩道がしっかりした近所のエリアを大きく一周。距離は3.2Kmとなる。
ロードレースとしては決して長い距離ではないが、短距離タイプのまーぼとしては決して得意なイベントではない。
今日の朝、出掛けのまーぼに「どうだ?10位以内いけそうか?」と聞いたら、ちょっと表情を曇らせ「うーん。難しいと思うよ。」と、弱気な返事。
正直、学年的にどれくらいのレベルなのかは俺より本人の方がわかってるでしょう。
一年生男子は約60人。ライバルとなるのはシニア、サッカークラブチーム合わせて10人近く。部活組は野球、サッカーで4〜5人。他の競技を含めると確かに厳しい戦いになりそうだ。
それでも何だかんだ言っても10位以内なんて楽に取れるだろうと俺は思ってました。体育祭での強い走りが頭にありましたしね。
同じシニアのキャプテンS君は目標10分30秒で堂々のトップ狙いだし。
果たしてどんな展開になるか。多少の思いのずれがありつつ、9時30分、一年生男子がスタートした。
まずは校庭半周。まーぼは中盤やや後方。長身で坊主頭ですから探しやすい。この時点で30〜40番手。
正直この時点で俺はちょっとやばいかもって思い始めちゃいました。
3Km程度なら序盤から先頭集団に付けて一気に押し切った方がいいんじゃないのかなって思ってたんですよ。
そんな心配背負いつつまーぼが学校を飛び出していった。
あいにくとストップウオッチを忘れてしまったんで、携帯電話の時計を見ながら先頭集団の到着を待った。
9時40分。先頭を引率している先生の自転車が見えてきた。
その後ろに続いてるのはS君・・・・ではなく知らない子。
どうもサッカークラブチームの子らしい。ならば次こそ・・・違う。
このままなんと5位までは全員サッカー選手。
どうした野球組!と、思っていたらようやくS君の姿が。しかしその前には同じ少年野球チームでショートを守っていたT君。元々足が早く小学生時代から盗塁数を争っていた二人。気持ちを全面に押し出すタイプではなかっただけにS君の前に出ることはなかった。中学入学後は同じブロックのシニアを選んだ。一人で未開のチームに進んだことが自信につながったんでしょう。堂々とS君を押さえてゴールインした。
その後も続々とライバル達がゴールインしていく。もう10人は楽に越えている。と、ようやく坊主頭が見えてきた。
予想より後ろでゴールインしたまーぼの順位は17位。うーん、良くもないし、かといってダメ出しするほど悪くもないし・・・。
ただ、校庭を回っている時に感じた感想だけは伝えました。
持っている力を出し切ったとは感じられなかったんで、なんかちょっともやもやしたもんがありますね。
このもやもやは本業で晴らして欲しいと思います。
先日、総監督から鉄拳制裁をもらったリベンジもしなきゃいけないですからね。
ウチのロードレース大会は校庭を半周したのち、学校を飛び出し、歩道がしっかりした近所のエリアを大きく一周。距離は3.2Kmとなる。
ロードレースとしては決して長い距離ではないが、短距離タイプのまーぼとしては決して得意なイベントではない。
今日の朝、出掛けのまーぼに「どうだ?10位以内いけそうか?」と聞いたら、ちょっと表情を曇らせ「うーん。難しいと思うよ。」と、弱気な返事。
正直、学年的にどれくらいのレベルなのかは俺より本人の方がわかってるでしょう。
一年生男子は約60人。ライバルとなるのはシニア、サッカークラブチーム合わせて10人近く。部活組は野球、サッカーで4〜5人。他の競技を含めると確かに厳しい戦いになりそうだ。
それでも何だかんだ言っても10位以内なんて楽に取れるだろうと俺は思ってました。体育祭での強い走りが頭にありましたしね。
同じシニアのキャプテンS君は目標10分30秒で堂々のトップ狙いだし。
果たしてどんな展開になるか。多少の思いのずれがありつつ、9時30分、一年生男子がスタートした。
まずは校庭半周。まーぼは中盤やや後方。長身で坊主頭ですから探しやすい。この時点で30〜40番手。
正直この時点で俺はちょっとやばいかもって思い始めちゃいました。
3Km程度なら序盤から先頭集団に付けて一気に押し切った方がいいんじゃないのかなって思ってたんですよ。
そんな心配背負いつつまーぼが学校を飛び出していった。
あいにくとストップウオッチを忘れてしまったんで、携帯電話の時計を見ながら先頭集団の到着を待った。
9時40分。先頭を引率している先生の自転車が見えてきた。
その後ろに続いてるのはS君・・・・ではなく知らない子。
どうもサッカークラブチームの子らしい。ならば次こそ・・・違う。
このままなんと5位までは全員サッカー選手。
どうした野球組!と、思っていたらようやくS君の姿が。しかしその前には同じ少年野球チームでショートを守っていたT君。元々足が早く小学生時代から盗塁数を争っていた二人。気持ちを全面に押し出すタイプではなかっただけにS君の前に出ることはなかった。中学入学後は同じブロックのシニアを選んだ。一人で未開のチームに進んだことが自信につながったんでしょう。堂々とS君を押さえてゴールインした。
その後も続々とライバル達がゴールインしていく。もう10人は楽に越えている。と、ようやく坊主頭が見えてきた。
予想より後ろでゴールインしたまーぼの順位は17位。うーん、良くもないし、かといってダメ出しするほど悪くもないし・・・。
ただ、校庭を回っている時に感じた感想だけは伝えました。
持っている力を出し切ったとは感じられなかったんで、なんかちょっともやもやしたもんがありますね。
このもやもやは本業で晴らして欲しいと思います。
先日、総監督から鉄拳制裁をもらったリベンジもしなきゃいけないですからね。
2005年12月15日
医療事故報告書
医療事故報告書が出来上がったとの連絡を受け、今日病院に行ってきました。
が、結局受け取ることなく帰ってきました。
正直、内容が物足りなかったからです。
病院側が示した報告書は
1、起こった経緯
2、原因究明
3、今後の対策
4、然るべき団体への報告5、総括、おわび
という形式で書かれていました。
私が納得いかず、受け取らなかったのは、私にとって一番肝心な3、4番の書き方があまりに簡素だったから。具体的な対策は一切なし。注意する、気を付ける、確認する、そんな言葉を並べられてもね。いつ、どのように確認するのかをきちんと明記して欲しかったのに。
1、2番に関しては当事者だし、複雑な事情がある訳じゃないですしね。痛みでうつろな状態の時の事を正確に時系列になっていれば良かったんですよ。
まぁ、同席した奥さんは、それを読んで初めて気付いた事実とかあったみたいですが。
そんなこんなで、まだきちんとみなさんに報告出来る状態ではありません。
まぁ、今回出されて報告書は第一稿。直しが入って当たり前ですから。文章に携わる仕事をしている私からすれば。
しかも今回は、報告書が不満だったこともあってかなり言いたい事を言ってきました。賠償の話もしっかりしてきました。今更とは思いましたが、言っておかないとなぁと思いまして。
退院前の話し合いの時と、今とでは全然戦闘力が違いますからね。あの時は毎日紅葉を眺めて仏の心になっちゃってましたが、今はバリバリ仕事してますからね。
あの時がレッドリボン軍と戦った悟空。今は10倍界王拳を覚えたスーパーサイヤ人悟空ですから。言い残しはないってくらい言ってきました。
これでこの問題が越年してしまうことは避けられないでしょう。
でもまぁ、悔やみたくないですからね。
また報告出来る時がきたらちゃんと書きたいと思います。
が、結局受け取ることなく帰ってきました。
正直、内容が物足りなかったからです。
病院側が示した報告書は
1、起こった経緯
2、原因究明
3、今後の対策
4、然るべき団体への報告5、総括、おわび
という形式で書かれていました。
私が納得いかず、受け取らなかったのは、私にとって一番肝心な3、4番の書き方があまりに簡素だったから。具体的な対策は一切なし。注意する、気を付ける、確認する、そんな言葉を並べられてもね。いつ、どのように確認するのかをきちんと明記して欲しかったのに。
1、2番に関しては当事者だし、複雑な事情がある訳じゃないですしね。痛みでうつろな状態の時の事を正確に時系列になっていれば良かったんですよ。
まぁ、同席した奥さんは、それを読んで初めて気付いた事実とかあったみたいですが。
そんなこんなで、まだきちんとみなさんに報告出来る状態ではありません。
まぁ、今回出されて報告書は第一稿。直しが入って当たり前ですから。文章に携わる仕事をしている私からすれば。
しかも今回は、報告書が不満だったこともあってかなり言いたい事を言ってきました。賠償の話もしっかりしてきました。今更とは思いましたが、言っておかないとなぁと思いまして。
退院前の話し合いの時と、今とでは全然戦闘力が違いますからね。あの時は毎日紅葉を眺めて仏の心になっちゃってましたが、今はバリバリ仕事してますからね。
あの時がレッドリボン軍と戦った悟空。今は10倍界王拳を覚えたスーパーサイヤ人悟空ですから。言い残しはないってくらい言ってきました。
これでこの問題が越年してしまうことは避けられないでしょう。
でもまぁ、悔やみたくないですからね。
また報告出来る時がきたらちゃんと書きたいと思います。
2005年11月25日
やっと届いた

待ちに待った『ANAチャリ』がようやく届いた!
折り畳めない中途半端なヤツだけど、それでも車には余裕で詰めそう。
今週末はこのチャリで河川敷にさっそうと登場だ!
2005年11月21日
サヨナラポチ〜賠償問題<<5日目〜退院>>
みなさまに痛みのおすそわけをしてしまい、不評を買ってるこのシリーズですが(笑)本日最終回でございます。ご安心下さい。
起きて早々から、ポチへの空気を抜く処置をストップさせた5日目。
前日届けられたニンテンドーDSのお陰で、ナースに起こされるまですっかり熟睡していた。
今、サラッと書いてみたんだけど、『ナースに起こされる』ってなんだか良いフレーズ(笑)
実生活ではないからね。そっちの趣味がない限り。制服自体は嫌いではありませんが、自宅でするほど愛好家じゃないから。(笑)
さて、バカな話はともかく。
起こされた直後に地震です。三陸沖で起こった地震、ウチの辺りは震度2だったかな。普通に生活していて、自宅にいた頃なら間違いなく気付かないですね。こんな時間でしかもこの震度。この程度じゃ起きないね。
揺れが治まった後にふと思った。この病院ってかなり古いんですよ。元々は戦時中の陸軍病院として作られたものが前身だっていうんですから。まさかその頃からの建物って事はないでしょうが、壁の染み、亀裂からすると結構古そうだし。隔離病棟があったとか、例のアレを見たとかってウワサも近所では流れてるし。
そんな建物ですからデカイ地震が来たら一発で倒壊しちゃうんじゃないか?って不安がよぎっちゃったよ。
しかも連鎖って言うんですかねぇ。改めてこの建物が古いことを実感しちゃったら、その夜から窓の外見るのがちょっぴり怖くなっちゃうし。めっちゃいそうですからね、アレ。
15年ほど前にも、2週間ほど入院したことがあるんだけど、その時には夜中に霊安室がある地下まで階段で向かってみたりと、チャレンジ精神があったんだけどねぇ。その時に入院してたのは今回とは違ってとてもキレイな病院だったからね。今回はさすがに無理でした。シャレにならない事態が起こりそうですからねぇ。まぁ15年前は若気の至りってヤツだったのかも。
話が思いっきりそれちゃいました。
朝からナースの指示でポチへの脱気がストップ。24時間このままの状態で問題なければ、ポチとはサヨナラすることになる。だからってじっとしててもしょうがないから、まずは自力で洗髪。つづいて1階の売店にスポーツ紙を買いに。しかも階段使って。全然くるしくならなかったですね。ホッとしました。
そんなこんなで昼。主治医がやってきました。
前日調べたCTの結果。
「肺の表面に目立ったブラ(気泡)はないようです」
ということだった。ふ〜。・・・と、いうことはすぐに再発してしまう可能性はない訳です。
気泡が出来る原因が判明していないから、今後再発の可能性がゼロではないんだけど、いますぐって事はなくなった。良かったよ〜。あの痛いのをまたすぐやるって事だけはなくなったよ。ホッ。
しかも、現在つながってるポチに関しても、このまま順調なら明日取っちゃうことが決定した。
いよいよ退院も視野に入ってきた。主治医としてはポチを取ったらあとの抜糸は外来で大丈夫だからあと2〜3日で退院ってことに。具体的な日にちはまだ決定しなかった。賠償の話もその時には出なかったし。
そしてあっという間に時間が過ぎ、翌日。入院6日目。
昼過ぎに主治医がやってきた。レントゲン結果からもう管を抜いても大丈夫。穴もふさがったということで、いよいよポチとお別れの時がやって来た。
その上で、退院はいつがいいか聞かれたんで、はっきりと言っておいた。
「私はいつでも構わない。ただ色々話さなきゃいけないこともあるでしょうから、先生の時間がある曜日が良いんじゃないでしょうか」
すると主治医は、一応抜いた後もレントゲンを撮りたいから退院は金曜にしましょう、と言ってきた。
その上で、事務局や上の方と話し合いをしてもらうことになると思う、とのことだった。
分かります?
俺この時点で、『あ、主治医は話し合いには出席しないんだな』と気付いちゃいました。
実際出席しませんでしたし。もう現場レベルじゃなくなったってことでしょうか。
今までとトーンが変わることも予想されるから、万が一を考えて仕事用のテープレコーダーを持ってこさせること決めたのはこの時だった。
そんな話から30分後。
外れました!!この6日間ずーっと寄り添ってきたポチといよいよお別れしました。
麻酔の注射の痛さなんて、このあとのフリーダムな状態を考えたらなんでもないし。
初日のときにも書きましたが、この時に抜けた管をしっかり確認しました。内径5ミリ、直径7ミリのチューブが脇から10センチ強が入っていたみたい。あまりの痛さに俺はずっと金属が入ってるんだと思ってたんですが、さすがにそれじゃあ他の臓器にキズをつけちゃいますからね。直径がそれだけある物を肋骨の隙間から突っ込むもんだから当たる訳なんですねぇ。
それでもポチのことを気遣うことなくスッと立ち上がれるってウレシイねぇ。寝返りも打てるし。うつぶせも出来るし。いや〜自由自由!!
そ〜んな自由な俺のキモチを察してるんですねぇ。看護婦さんは。まっさきに注意されました。
「自由に動ける様になったからって、病院出てセブンイレブン行ったらダメですよ」
・・・・はい。そういうことしそうに見えたんでしょうねぇ。
さてさて、いよいよあの話です。
ポチが取れた翌日、昼過ぎに婦長がやってきて、
「夕方5時に話し合いを持ちたいと思います」
と言ってきた。退院は明日だからね。今日の内に済ませておくのはこちらとしても大賛成ですからオッケーしましたよ。そして5時少し前には奥さんも病室に到着。
定刻を少し過ぎて婦長が病室に迎えに来た。
例のミスを聞かされたあのカンファレンスルームにまた通された。
入ったらまず確認。誰がいる?あ、やっぱり主治医はいないんだねぇ。
左に事務局の人、真ん中に医局長、右に婦長が席に着いた。
向かい側に俺と奥さん。
俺の手にはメモ帳とテープレコーダー。
まだスイッチは入れていない。向こうの最初のトーン次第で断った上でスイッチを入れるつもりだった。
つまり間違いをどれくらいのレベルで認めるかという1点。そのトーンが主治医の口振りよりも下回ったらすぐに入れる気だった。当然こんなものを持ってること自体が相手にとってはプレッシャーになるだろうし。
口火を切ったのは医局長だった。まっさきにミスがあったことを認めて謝罪。頭を下げてきた。
この時点で半分はテレコの出番はないかなぁって感じ始めました。
ここで話の主導権が事務局に移った。
謝罪の気持ちとして、入院中に掛かった費用を全額負担したいというと言ってきた。
その金額は10万円弱。これがすべて。
う〜ん。微妙な金額だなぁ。ってのが正直な感想でした。
俺自身は入院費は全額自分で負担した上で、二桁万円の慰謝料をもらうっていうのを筋書きとして考えていたからね。それに関しては奥さんも似た様な感想だったみたい。
ただ、最初にも書いた通りごねるためにこの話し合いを始めた訳じゃなかったからね。
そして決定的だったのは入院中ののんびり生活だね。

↑こんな景色を毎日見てたからね。戦闘意欲が薄れちゃったんだよね。
結論的には病院側の申し出を受けることにしました。
入院費全額病院負担。ホントは慰謝料でパワーブック買えるか〜とか期待してたんだけどね。(笑)
やはり大学病院じゃないからですかねぇ。一種の公立病院ですから、その辺はシビアなのかも。
ちなみに俺がこの入院で使ったのは、
テレビカード2枚分 2000円
雑誌&コンビーフ&新聞代 1000円 以上。
人から見てどうなのか。微妙でしょうね。なんでもっとふんだくらないの?って人もいるでしょう。
奥さんも一晩寝て、もっとあれもこれも言ってやれば良かったって悔やんでたみたい。
でも俺はあんまりなかったんだよねぇ。妙にすっきり。結論出て良かったなぁってくらい。
きっと主治医の先生が人間的に嫌いになれなかったからだろうね。これが序盤にカチンと来ることがあったら間違いなくごねまくって入院費全額病院負担の上に慰謝料もふんだくってたかも。(笑)
ただ、一点。病院側に強く要望したのは、金銭的には受け入れるから、原因究明、病院内での当日から現在までの対策、上部機関への通報の具体的な話といったことをすべて書面で出してくれと伝えました。
今回このようなことがあったということを文書の形で残したかったというのが私の中にあったんです。
あっさり金銭で納得しちゃうより大きいなぁって考えたんですが、甘いですかねぇ。
その文書がいつ来るかはわかりませんが、それが納得出来るものだったら今回の件は終了になります。
もし、納得出来ないことがあれば、いつでも話をしに行く用意はあります。
地元の病院ですからねぇ。これからも安心して掛かるためにはしっかりとした善後策を立てられるところじゃないとね。
なんだか、長々と書きつづってしまいした。
ここまで読んでいただいた方、納得していただける結果だったかはわかりませんが、これが私の判断でした。
こんなに時間掛けて読んだのにすっきりしない、って思ってしまった方、ゴメンなさい。
また別の機会にすっきりしてもらえる様な事を書きますから、それで勘弁してください。
それでは。ありがとうございました。
起きて早々から、ポチへの空気を抜く処置をストップさせた5日目。
前日届けられたニンテンドーDSのお陰で、ナースに起こされるまですっかり熟睡していた。
今、サラッと書いてみたんだけど、『ナースに起こされる』ってなんだか良いフレーズ(笑)
実生活ではないからね。そっちの趣味がない限り。制服自体は嫌いではありませんが、自宅でするほど愛好家じゃないから。(笑)
さて、バカな話はともかく。
起こされた直後に地震です。三陸沖で起こった地震、ウチの辺りは震度2だったかな。普通に生活していて、自宅にいた頃なら間違いなく気付かないですね。こんな時間でしかもこの震度。この程度じゃ起きないね。
揺れが治まった後にふと思った。この病院ってかなり古いんですよ。元々は戦時中の陸軍病院として作られたものが前身だっていうんですから。まさかその頃からの建物って事はないでしょうが、壁の染み、亀裂からすると結構古そうだし。隔離病棟があったとか、例のアレを見たとかってウワサも近所では流れてるし。
そんな建物ですからデカイ地震が来たら一発で倒壊しちゃうんじゃないか?って不安がよぎっちゃったよ。
しかも連鎖って言うんですかねぇ。改めてこの建物が古いことを実感しちゃったら、その夜から窓の外見るのがちょっぴり怖くなっちゃうし。めっちゃいそうですからね、アレ。
15年ほど前にも、2週間ほど入院したことがあるんだけど、その時には夜中に霊安室がある地下まで階段で向かってみたりと、チャレンジ精神があったんだけどねぇ。その時に入院してたのは今回とは違ってとてもキレイな病院だったからね。今回はさすがに無理でした。シャレにならない事態が起こりそうですからねぇ。まぁ15年前は若気の至りってヤツだったのかも。
話が思いっきりそれちゃいました。
朝からナースの指示でポチへの脱気がストップ。24時間このままの状態で問題なければ、ポチとはサヨナラすることになる。だからってじっとしててもしょうがないから、まずは自力で洗髪。つづいて1階の売店にスポーツ紙を買いに。しかも階段使って。全然くるしくならなかったですね。ホッとしました。
そんなこんなで昼。主治医がやってきました。
前日調べたCTの結果。
「肺の表面に目立ったブラ(気泡)はないようです」
ということだった。ふ〜。・・・と、いうことはすぐに再発してしまう可能性はない訳です。
気泡が出来る原因が判明していないから、今後再発の可能性がゼロではないんだけど、いますぐって事はなくなった。良かったよ〜。あの痛いのをまたすぐやるって事だけはなくなったよ。ホッ。
しかも、現在つながってるポチに関しても、このまま順調なら明日取っちゃうことが決定した。
いよいよ退院も視野に入ってきた。主治医としてはポチを取ったらあとの抜糸は外来で大丈夫だからあと2〜3日で退院ってことに。具体的な日にちはまだ決定しなかった。賠償の話もその時には出なかったし。
そしてあっという間に時間が過ぎ、翌日。入院6日目。
昼過ぎに主治医がやってきた。レントゲン結果からもう管を抜いても大丈夫。穴もふさがったということで、いよいよポチとお別れの時がやって来た。
その上で、退院はいつがいいか聞かれたんで、はっきりと言っておいた。
「私はいつでも構わない。ただ色々話さなきゃいけないこともあるでしょうから、先生の時間がある曜日が良いんじゃないでしょうか」
すると主治医は、一応抜いた後もレントゲンを撮りたいから退院は金曜にしましょう、と言ってきた。
その上で、事務局や上の方と話し合いをしてもらうことになると思う、とのことだった。
分かります?
俺この時点で、『あ、主治医は話し合いには出席しないんだな』と気付いちゃいました。
実際出席しませんでしたし。もう現場レベルじゃなくなったってことでしょうか。
今までとトーンが変わることも予想されるから、万が一を考えて仕事用のテープレコーダーを持ってこさせること決めたのはこの時だった。
そんな話から30分後。
外れました!!この6日間ずーっと寄り添ってきたポチといよいよお別れしました。
麻酔の注射の痛さなんて、このあとのフリーダムな状態を考えたらなんでもないし。
初日のときにも書きましたが、この時に抜けた管をしっかり確認しました。内径5ミリ、直径7ミリのチューブが脇から10センチ強が入っていたみたい。あまりの痛さに俺はずっと金属が入ってるんだと思ってたんですが、さすがにそれじゃあ他の臓器にキズをつけちゃいますからね。直径がそれだけある物を肋骨の隙間から突っ込むもんだから当たる訳なんですねぇ。
それでもポチのことを気遣うことなくスッと立ち上がれるってウレシイねぇ。寝返りも打てるし。うつぶせも出来るし。いや〜自由自由!!
そ〜んな自由な俺のキモチを察してるんですねぇ。看護婦さんは。まっさきに注意されました。
「自由に動ける様になったからって、病院出てセブンイレブン行ったらダメですよ」
・・・・はい。そういうことしそうに見えたんでしょうねぇ。
さてさて、いよいよあの話です。
ポチが取れた翌日、昼過ぎに婦長がやってきて、
「夕方5時に話し合いを持ちたいと思います」
と言ってきた。退院は明日だからね。今日の内に済ませておくのはこちらとしても大賛成ですからオッケーしましたよ。そして5時少し前には奥さんも病室に到着。
定刻を少し過ぎて婦長が病室に迎えに来た。
例のミスを聞かされたあのカンファレンスルームにまた通された。
入ったらまず確認。誰がいる?あ、やっぱり主治医はいないんだねぇ。
左に事務局の人、真ん中に医局長、右に婦長が席に着いた。
向かい側に俺と奥さん。
俺の手にはメモ帳とテープレコーダー。
まだスイッチは入れていない。向こうの最初のトーン次第で断った上でスイッチを入れるつもりだった。
つまり間違いをどれくらいのレベルで認めるかという1点。そのトーンが主治医の口振りよりも下回ったらすぐに入れる気だった。当然こんなものを持ってること自体が相手にとってはプレッシャーになるだろうし。
口火を切ったのは医局長だった。まっさきにミスがあったことを認めて謝罪。頭を下げてきた。
この時点で半分はテレコの出番はないかなぁって感じ始めました。
ここで話の主導権が事務局に移った。
謝罪の気持ちとして、入院中に掛かった費用を全額負担したいというと言ってきた。
その金額は10万円弱。これがすべて。
う〜ん。微妙な金額だなぁ。ってのが正直な感想でした。
俺自身は入院費は全額自分で負担した上で、二桁万円の慰謝料をもらうっていうのを筋書きとして考えていたからね。それに関しては奥さんも似た様な感想だったみたい。
ただ、最初にも書いた通りごねるためにこの話し合いを始めた訳じゃなかったからね。
そして決定的だったのは入院中ののんびり生活だね。

↑こんな景色を毎日見てたからね。戦闘意欲が薄れちゃったんだよね。
結論的には病院側の申し出を受けることにしました。
入院費全額病院負担。ホントは慰謝料でパワーブック買えるか〜とか期待してたんだけどね。(笑)
やはり大学病院じゃないからですかねぇ。一種の公立病院ですから、その辺はシビアなのかも。
ちなみに俺がこの入院で使ったのは、
テレビカード2枚分 2000円
雑誌&コンビーフ&新聞代 1000円 以上。
人から見てどうなのか。微妙でしょうね。なんでもっとふんだくらないの?って人もいるでしょう。
奥さんも一晩寝て、もっとあれもこれも言ってやれば良かったって悔やんでたみたい。
でも俺はあんまりなかったんだよねぇ。妙にすっきり。結論出て良かったなぁってくらい。
きっと主治医の先生が人間的に嫌いになれなかったからだろうね。これが序盤にカチンと来ることがあったら間違いなくごねまくって入院費全額病院負担の上に慰謝料もふんだくってたかも。(笑)
ただ、一点。病院側に強く要望したのは、金銭的には受け入れるから、原因究明、病院内での当日から現在までの対策、上部機関への通報の具体的な話といったことをすべて書面で出してくれと伝えました。
今回このようなことがあったということを文書の形で残したかったというのが私の中にあったんです。
あっさり金銭で納得しちゃうより大きいなぁって考えたんですが、甘いですかねぇ。
その文書がいつ来るかはわかりませんが、それが納得出来るものだったら今回の件は終了になります。
もし、納得出来ないことがあれば、いつでも話をしに行く用意はあります。
地元の病院ですからねぇ。これからも安心して掛かるためにはしっかりとした善後策を立てられるところじゃないとね。
なんだか、長々と書きつづってしまいした。
ここまで読んでいただいた方、納得していただける結果だったかはわかりませんが、これが私の判断でした。
こんなに時間掛けて読んだのにすっきりしない、って思ってしまった方、ゴメンなさい。
また別の機会にすっきりしてもらえる様な事を書きますから、それで勘弁してください。
それでは。ありがとうございました。
一夜が明けて〜中だるみ期間<<2日目〜4日目>>
さてさて、驚きの処置ミスを体験してしまった入院初日。
その後何があったのか。ゆっくりと話を進めていきましょうか。
両方の肺に管が刺さり、その先にはダブルで『物言わぬポチ』。患部には継続的に痛みが走っている。
こんな状態だから、「もしかしたら痛みで目が覚めてしまうかも」と危惧していたのだが、人間というのは良く出来ているもので、その晩は驚くほど爆睡してしまった。一度も目を覚ますことなく、入院2日目を迎えた。
すぐに昨晩ほど痛みを感じないことに気付いた。これが人間の自然治癒能力ってヤツなんですかねぇ。
朝食後、またうたた寝をしたんだけど、そのあと目が覚めた時にはさらに痛みが引いている。
昼前にはレントゲンを撮りに一人で歩いて行けるまで回復していた。
そしてそのレントゲンを見た主治医が病室でウトウトしているところにやってきた。
右の肺はまったく問題ないから管を抜く、という話だった。
当たり前だっての。そもそも苦しくなかったんだから。
本当ならすぐ抜いたって平気なくらいだったんだけど、仮にも体に穴を開けて管を入れているのだから慌てて抜くのは良くないから、という説明を前日の夕食前くらいに説明を受けた、気がする。
というのもとにかく何だか眠かった。両親、妹夫婦が面会に来てたんだけど帰った直後からウトウトしてて、主治医と医局長って人が来た時には半分くらい意識が落ちてる所だった。
だから、説明もおぼろげにしか覚えてないし、それに対してオレも「あぁ、そうですか」ぐらいしか話せなかった気がする。
ともあれ、レントゲン結果から右の肺に入る管を抜く処置をすることになった。
管を入れたのと同じ処置室に入り、わずか10分。いつ管抜いたの?って感じ。一応縫う作業があるから麻酔は掛けてたけど、それにしてもあっさりだった。でも確実に右肺、右肋骨近辺の違和感が無くなってる。
それだけでかなり体が軽くなった気がするんだから現金なもんだ。
しかしそうなると余裕も出来て、ちょっと先のことまで考えられる様になった。
まず真っ先に思ったのが、「昨日と同じペースで寝てたら夜寝られなくなっちゃうかも」ってこと(笑)
いまでこそ笑えることだけど、その時は真剣に思ってたんですよ。
なにせ病室は4人部屋。消灯は9時。寝れなかったら何にも出来ないですからね。テレビだっていつまでも付けてる訳にはいかないし。とにかく夜は寝ちゃうのが一番ですから。
そう思って、病院内を散歩したり(ポチと一緒にね)読書したり、テレビ見たりと頑張って起き続けてみた。
これだけ起きてれば暗くなったら眠くなるだろってすっかり思ってました。
ところがところが、なんの罰なんでしょ。ちっとも眠くないんですよ。前日はあんなに寝ても寝ても眠かったのに。おまけに隣のベッドの患者さんに先に寝付かれてしまい、イビキ&寝言で戦意喪失。もう頑張ることを放棄しちゃいました。結局寝付いたのは多分2時近く・・・だった・・・かな。
この経験でその後は早く寝るための努力は止めましたね。無駄でした。眠い時には寝る。その場その場でやりたいことをやる。
こうして翌3日目から、本格的に『食っちゃ寝』生活が始まった訳です。
しかもこの生活はすごい反動が来るんですよ。生活のほとんどの時間を一人で過ごすから、誰かと会話し始めると止まらない止まらない。いや、たしかに元々おしゃべりではありますけどね。
だからでしょうねぇ。見舞いに来てくれる人から、
「思ったより元気だ」とか「心配して損した」
って思いっきり言われちゃうんですよねぇ。
『肺に穴が開いて24時間、体に管が刺さってる』って聞くとすごく重症だと思っちゃうんでしょうね。
悪かったね、こんな元気で。
実際この頃はもう半ば治った気でいましたからね。
この頃の一番の心配事と言えば現在進行形の病状ではなく、今後の再発の可能性の問題だった。
そもそも、自然気胸というのは何故起こるのかというと、まず肺に気泡があって、それが何かの拍子にパチンと弾けてその時に肺に穴が開いちゃうみたいなんです。
要するにその気泡が問題な訳です。これが肺にまだあったら再発、つまりまたパチンといってしまう可能性がある訳ですよ。
そうなると、またあの悶絶するほど痛い“管を刺す”処置をしなきゃいけなくなる。
それだけは・・・それだけは避けたい。
で、その可能性があるかどうかを確認するために入院4日目にCTを撮った。
月曜というのは病院はとにかく忙しい様で、ずーっとほったらかしにされたあげく、CTを撮ったのが夕方4時近く。まぁ、ダラダラ、ぐだぐだしながら待ってましたよ。暇つぶしの王様“クロスワードパズル”の本を買っちゃったりして。
結果を伝えに主治医が病室にやってきたのは5時過ぎ。そんな時間になってしまったから、CTの結果に関しては翌日におあずけ。同時に撮っていたレントゲンによる今後の処置についてだけの説明となった。
翌5日目の朝から、管にはさみとペンチの子供みたいな機具を使って、空気を抜く処置を止めるらしい。要するにポチに繋がる管をふさいでしまうということです。
ちょっと事態が動き始めました。だらだらと過ごしていた期間が過ぎ、退院、そして懸案の処置ミスの話し合いが近づいてきた訳です。
しかし、それはまた後日。すいませんねぇ、引っ張っちゃって(笑)
2005年11月19日
苦しい目覚め〜大事件発生 <<入院初日>>
退院から一晩が過ぎました。
昨晩は病院では決して食べられないもの、奥さんにリクエストしていた「辛いカレーライス」をしこたま食べて、気持ちよく1週間ぶりのベットに眠りました。
そしてこの1週間で染みついてしまった習性でしょうね、朝日がまぶしい時間帯に目覚めてしまいました。
図らずも早起きしてしまったんで、この1週間、私に起こったことを書き起こしてみようと思いました。長文になりますし、記録的な要素もあるんで時間のある方だけで結構です。あんまり楽しいものでもないですし。
しかもすでに『漂流楼閣』で経過をご存じの方にとっては重複する内容になると思います。
しかし、当事者にしか分からない痛みや苦しさもちょろっと織り交ぜつつ、『漂流楼閣』では奥さんが自重して書かなかったことについても書いていきたいと思ってます。
あれは先週金曜、朝のことでした。
その日は三井住友太平洋マスターズで予選落ちの可能性があったジャンボ尾崎を追うために御殿場に行くことになってました。
8時に目覚ましをセットしていたんですが、その少し前に目が覚めました。覚めた途端に胸と背中に痛みが走り、息苦しいことに気付きました。
起きあがろうとしたら激痛が。どうも背筋を伸ばすと痛みが強まります。猫背になると多少は痛みが引くものの苦しさはどう体勢を変えても逃れられない。
元々私は喘息持ちですんで、息苦しいことには免疫があります。しかしこの日の苦しさは気管の収縮程度じゃない、経験から直感的に思いました。
これは御殿場までは無理だな。即座に判断して仕事のキャンセルしました。
思えばこの時にすでに入院も覚悟していたのかもしれません。奥さんに付き添う様に頼みました。
普通の病気なら一人で行きますよ。大人ですからね。しかしこの日は付いていってもらった方がいいと思ったんですよね。それほど苦しかったってのもありますが。
最初は町医者に行きました。今年のGWに人間ドックを受けた病院です。ここなら健康状態の肺のレントゲンがあると分かっていたからです。何かがあったらそういうのがある方がいいのかとも考えたんです。
苦しみながら自分で車を運転し、助手席に奥さんを乗せて病院へ。奥さん、ペーパードライバーなんですよ。困りモンですね。練習させておけば良かったとこの時痛感しましたよ。
そんなこんなでレントゲンを受け診察になりました。
医者はそれを見た瞬間に
「自然気胸ですねぇ。ほら左肺が2/3くらいになっちゃってるでしょ。」
「これは肺に穴が開いて空気が漏れちゃってるから、その空気を抜かないとダメだね。」
「ウチではダメだから他の病院に入院して処置してもらわないとね。5日から1週間の入院になるかな。」
ってことで今回入院した病院を紹介され、また苦しみながら車を転がしそちらに向かいました。
入院設備のあるその病院。自宅からも近いし、奥さんの職場からも近い。環境としてはばっちりだ。ただ古めかしいということを除いたら。
まぁそれでもともかくこちらでも医者に診断してもらったところ、やっぱり変わらず自然気胸ってことで入院手続き。あれよあれよという間に入院患者になって病棟のベットに腰掛けてました。
ここで奥さんは着替えやら歯ブラシといった必要になりそうなものを取りに自宅に戻る。
その間に処置室に呼ばれ、漏れてしまった空気を抜く処置が施されることになった。
これは退院直前の抜く時に確認したんだけど、その抜くための管、直径7〜8ミリはありましたね。
それを脇から刺すことになるんだけど、オレは処置室の窓に頭を向けるようにして寝かされた。
医者、看護士は右側、左には壁がある。ちなみにオレの肺に穴が開いたのは左肺。この時点で「?」と思うところはあったんだよね。
「右から刺すんですか?」
「そうですよ」
こんな簡単な会話があった後、処置は始まった。医師は研修医に質問したり指示したりしながら淡々と作業を進めていく。局部麻酔を打って、管を入れるために切って、そこから肋骨をよけながら管を肺の膜の中に刺していく。と簡単に書いてますが、麻酔は痛いし、管をググって差し込んだ時の痛さったらもう!!えんぴつ差し込まれてグリグリやられてるみたいな感じですから。悶絶ってもんですよ。
で、その処置が終わり、すぐにまたレントゲンを撮りに行く。でも苦しいのはまだ収まらないから車いすに乗せてもらうことに。それも終わり病室に戻ってしばらくしたら、医師がやってきた。
「レントゲンの結果が来ました。ちょっとこちらにお願いします。」
4人部屋の病室からカンファレンスルームに呼び出された。
勘の良い方ならなんとなくわかるでしょう?オレもこの時点でピーンと来ましたよ。
「正直に申し上げますと、単純なミスでレントゲンの表と裏を見誤ってしまいました。」
「本来左肺にすべき処置を、右肺にしてしまいました。本当に申し訳ない」
「したがって本来すべきであった左肺への処置をこれから行わせてください」
やっぱりでした。どういう理由かはともかく、やはり先ほどの処置は右へのものだったんです。
「ということは、またあの痛いヤツをやらねければいけないってことですか?」
「申し訳ありません」当然医師は平謝りです。
でも、その時はとにかく痛みと苦しさの絶頂でしたから、
「とにかく今はこの苦しいの無くして欲しいんでお願いします。」
こうしてすぐに左への処置が行われました。
やってみると明らかに右の時とは違いましたね。管がしっかり刺さった瞬間、つまりあの悶絶する痛みの直後、水タンク(のちにポチと呼ばれるあれです)に空気が次々に送り込まれ、ボコボコと音を立ててましたから。まさに空気を抜く作業って音でしたね。そしたらすぐにすーっと苦しさも弱まってきました。
苦しさは弱まったけど、両方の肺に管が刺さってるという事実は変えられない。
異物感とじわじわ来る痛みに打ちひしがれてる時に、奥さんが着替えを持ってやって来た。
すぐにかいつまんで事情を話した。「訴える?」とか奥さんが冗談っぽく話しているところに医師がやってきた。
「今回のことは病院の上の方とも話をして、何らかの賠償も考えさせていただきます」
そんなようなことを話して病室を後にしていった。
まぁ、手ぶらで退院する気はありませんでしたよ。当然ね。
ただ、めんどくさいことは嫌なんです。きちんと病院側が対応してくれればそんなにごねるつもりもないし。事を荒立てるのは好きじゃないし体力のいることだからね。すんなりと終わらせたいなってのが一番の希望でした。
と、まあ、これが入院初日に起こった大事件の顛末です。
あるんですよねぇ、こんなことが。当人のオレだってビックリでしたから。
結論は退院前日に出るんですが、それはまた後日。
昨晩は病院では決して食べられないもの、奥さんにリクエストしていた「辛いカレーライス」をしこたま食べて、気持ちよく1週間ぶりのベットに眠りました。
そしてこの1週間で染みついてしまった習性でしょうね、朝日がまぶしい時間帯に目覚めてしまいました。
図らずも早起きしてしまったんで、この1週間、私に起こったことを書き起こしてみようと思いました。長文になりますし、記録的な要素もあるんで時間のある方だけで結構です。あんまり楽しいものでもないですし。
しかもすでに『漂流楼閣』で経過をご存じの方にとっては重複する内容になると思います。
しかし、当事者にしか分からない痛みや苦しさもちょろっと織り交ぜつつ、『漂流楼閣』では奥さんが自重して書かなかったことについても書いていきたいと思ってます。
あれは先週金曜、朝のことでした。
その日は三井住友太平洋マスターズで予選落ちの可能性があったジャンボ尾崎を追うために御殿場に行くことになってました。
8時に目覚ましをセットしていたんですが、その少し前に目が覚めました。覚めた途端に胸と背中に痛みが走り、息苦しいことに気付きました。
起きあがろうとしたら激痛が。どうも背筋を伸ばすと痛みが強まります。猫背になると多少は痛みが引くものの苦しさはどう体勢を変えても逃れられない。
元々私は喘息持ちですんで、息苦しいことには免疫があります。しかしこの日の苦しさは気管の収縮程度じゃない、経験から直感的に思いました。
これは御殿場までは無理だな。即座に判断して仕事のキャンセルしました。
思えばこの時にすでに入院も覚悟していたのかもしれません。奥さんに付き添う様に頼みました。
普通の病気なら一人で行きますよ。大人ですからね。しかしこの日は付いていってもらった方がいいと思ったんですよね。それほど苦しかったってのもありますが。
最初は町医者に行きました。今年のGWに人間ドックを受けた病院です。ここなら健康状態の肺のレントゲンがあると分かっていたからです。何かがあったらそういうのがある方がいいのかとも考えたんです。
苦しみながら自分で車を運転し、助手席に奥さんを乗せて病院へ。奥さん、ペーパードライバーなんですよ。困りモンですね。練習させておけば良かったとこの時痛感しましたよ。
そんなこんなでレントゲンを受け診察になりました。
医者はそれを見た瞬間に
「自然気胸ですねぇ。ほら左肺が2/3くらいになっちゃってるでしょ。」
「これは肺に穴が開いて空気が漏れちゃってるから、その空気を抜かないとダメだね。」
「ウチではダメだから他の病院に入院して処置してもらわないとね。5日から1週間の入院になるかな。」
ってことで今回入院した病院を紹介され、また苦しみながら車を転がしそちらに向かいました。
入院設備のあるその病院。自宅からも近いし、奥さんの職場からも近い。環境としてはばっちりだ。ただ古めかしいということを除いたら。
まぁそれでもともかくこちらでも医者に診断してもらったところ、やっぱり変わらず自然気胸ってことで入院手続き。あれよあれよという間に入院患者になって病棟のベットに腰掛けてました。
ここで奥さんは着替えやら歯ブラシといった必要になりそうなものを取りに自宅に戻る。
その間に処置室に呼ばれ、漏れてしまった空気を抜く処置が施されることになった。
これは退院直前の抜く時に確認したんだけど、その抜くための管、直径7〜8ミリはありましたね。
それを脇から刺すことになるんだけど、オレは処置室の窓に頭を向けるようにして寝かされた。
医者、看護士は右側、左には壁がある。ちなみにオレの肺に穴が開いたのは左肺。この時点で「?」と思うところはあったんだよね。
「右から刺すんですか?」
「そうですよ」
こんな簡単な会話があった後、処置は始まった。医師は研修医に質問したり指示したりしながら淡々と作業を進めていく。局部麻酔を打って、管を入れるために切って、そこから肋骨をよけながら管を肺の膜の中に刺していく。と簡単に書いてますが、麻酔は痛いし、管をググって差し込んだ時の痛さったらもう!!えんぴつ差し込まれてグリグリやられてるみたいな感じですから。悶絶ってもんですよ。
で、その処置が終わり、すぐにまたレントゲンを撮りに行く。でも苦しいのはまだ収まらないから車いすに乗せてもらうことに。それも終わり病室に戻ってしばらくしたら、医師がやってきた。
「レントゲンの結果が来ました。ちょっとこちらにお願いします。」
4人部屋の病室からカンファレンスルームに呼び出された。
勘の良い方ならなんとなくわかるでしょう?オレもこの時点でピーンと来ましたよ。
「正直に申し上げますと、単純なミスでレントゲンの表と裏を見誤ってしまいました。」
「本来左肺にすべき処置を、右肺にしてしまいました。本当に申し訳ない」
「したがって本来すべきであった左肺への処置をこれから行わせてください」
やっぱりでした。どういう理由かはともかく、やはり先ほどの処置は右へのものだったんです。
「ということは、またあの痛いヤツをやらねければいけないってことですか?」
「申し訳ありません」当然医師は平謝りです。
でも、その時はとにかく痛みと苦しさの絶頂でしたから、
「とにかく今はこの苦しいの無くして欲しいんでお願いします。」
こうしてすぐに左への処置が行われました。
やってみると明らかに右の時とは違いましたね。管がしっかり刺さった瞬間、つまりあの悶絶する痛みの直後、水タンク(のちにポチと呼ばれるあれです)に空気が次々に送り込まれ、ボコボコと音を立ててましたから。まさに空気を抜く作業って音でしたね。そしたらすぐにすーっと苦しさも弱まってきました。
苦しさは弱まったけど、両方の肺に管が刺さってるという事実は変えられない。
異物感とじわじわ来る痛みに打ちひしがれてる時に、奥さんが着替えを持ってやって来た。
すぐにかいつまんで事情を話した。「訴える?」とか奥さんが冗談っぽく話しているところに医師がやってきた。
「今回のことは病院の上の方とも話をして、何らかの賠償も考えさせていただきます」
そんなようなことを話して病室を後にしていった。
まぁ、手ぶらで退院する気はありませんでしたよ。当然ね。
ただ、めんどくさいことは嫌なんです。きちんと病院側が対応してくれればそんなにごねるつもりもないし。事を荒立てるのは好きじゃないし体力のいることだからね。すんなりと終わらせたいなってのが一番の希望でした。
と、まあ、これが入院初日に起こった大事件の顛末です。
あるんですよねぇ、こんなことが。当人のオレだってビックリでしたから。
結論は退院前日に出るんですが、それはまた後日。
2005年09月27日
顧問の先生に会って来ました。
今日の夕方、予定通り陸上部の顧問の若先生に会って来ました。
学校に着いたのは生徒が部活のため校舎からぞろぞろ出始める時間帯。
ちゃりんこを止め、校舎に向かって歩いていると、すぐに少年野球時代から知った顔が近付いて来た。
「どうしたの?どうしたの?」
何だかうれしそうな顔してやがる。
「別に呼び出された訳じゃねぇぞ」
すかさず答えたら残念そうな顔をしてる。
どうやらまーぼが部活の時間になっても来てない(選挙管理委員があったらしい)上に、俺が学校に現われたもんだから、『これは何かあった』と思ったらしい。
まーぼの名誉のためにちゃんと否定した上で、まとわり付いてくる内の一人に案内をさせて職員室に行きました。
しかしあれですね。学校を卒業して10年以上経ってるっていうのに、しかも父兄として来ているのに、やっぱり一瞬躊躇しちゃうんですよね。扉を開けるのをためらっちゃいました。
意を決して扉を開けて、用件を伝えると、恐れ多くも校長室に通されちゃいました。
またですよ。それでなくてもどきどきしてたのにまたも緊張を強いられる様な環境です。
大体ソファが似合わない様な格好ですし。Tシャツにジーパンですからね。
じつにしおらしく待つこと5分。若先生がやって来ました。
若い女性の先生だという以外に知識はなかったから、どんな先生が来るのか期待半分、ドキドキ半分だったんだけど・・・うん。20代半ば過ぎって感じですかね。
あんまり美人だったら変に緊張してしゃべれなくなっちゃうかな、と心配してたんだけど・・・喋りまくってきました。・・・その辺でお察し下さい。
で、話し合いの方はどうだったかと言いますと、結論的には半分は希望が通ったという形になりました。
クラブチーム組の代表として先生に会ったわけではないんで、希望はあくまでもまーぼ個人のメニューのこと。何故変えたいのかの根拠を話した上で、ゆっくりと希望のメニューを伝えました。
私の方から出した希望としては
○今まで通り短距離の練習は継続させる
○プラスして400〜1000mくらいの中距離の練習もやらせて欲しい
という2点でした。
最初の点に関しては色々な方のアドバイス通り、短距離の重要性は痛感しましたんで、そのまま続けさせたいなと思いまして。
さらに中距離の方は先日コメントにも書いたんですが、ウチの甲子園経験者コーチ(この方は一時中堅校である母校のコーチもやってました)から、「ピッチャーを希望するなら中距離の練習でスタミナを付ける必要がある」と言われたからです。本人に確認するとやはりゆくゆくはピッチャーに戻りたいという希望があるので中距離もやるということでした。
で、希望を伝えた上で先生の対応はと言うと、やはり個人的に別メニュー組むのは難しいらしい。個人競技とは言え部活動ですからね。一人の生徒だけ特別扱いすることは出来ないでしょう。先生の立場なら。まぁこの辺は想定の範囲内ですから落とし所として、こんなのはどうだろうかと提案したらあっさりOKが出てしまいました。
その提案というのは、曜日別に長距離(実質中距離の連続)と短距離の両方の練習に参加するというもの。例えば月水金は短距離、火木は長距離と曜日ごとに練習を変えることが出来る訳です。
提案してみたら先生も「それならば」とあっさりOK。しかも曜日の組み方はこちらで好きに決めて良いということに。
これなら個人行動することなく短距離も中距離も練習する事が出来る。(厳密に言えば陸上部に中距離チームがいないため長距離チームに交ざるという形になっちゃいましたが)
本人の希望はあくまても一日の内で両方の練習することなんだけど、その辺は我慢してもらいました。その希望を通すためには色々障害があるだろうから、実現するのに時間が掛かってしまうでしょうから。
これをきっかけに、他のクラブチーム組の人たちがどう反応するか、それによって理想に近付けられるかが掛かってくるでしょう。
明日からまーぼは試験前休みに入ります。そして試験後から新システムでの練習になります。
実際に試した感想は2〜3週間先になるでしょう。
正直、まーぼもしぶしぶ納得したという所だけど、実際に練習してみてどんな感想を持つのか。それも楽しみです。
アドバイスをくださった方々、とりあえず、こんな形に落ち着きました。
その後の様子も追ってまた書きたいと思います。
ありがとうございました。
学校に着いたのは生徒が部活のため校舎からぞろぞろ出始める時間帯。
ちゃりんこを止め、校舎に向かって歩いていると、すぐに少年野球時代から知った顔が近付いて来た。
「どうしたの?どうしたの?」
何だかうれしそうな顔してやがる。
「別に呼び出された訳じゃねぇぞ」
すかさず答えたら残念そうな顔をしてる。
どうやらまーぼが部活の時間になっても来てない(選挙管理委員があったらしい)上に、俺が学校に現われたもんだから、『これは何かあった』と思ったらしい。
まーぼの名誉のためにちゃんと否定した上で、まとわり付いてくる内の一人に案内をさせて職員室に行きました。
しかしあれですね。学校を卒業して10年以上経ってるっていうのに、しかも父兄として来ているのに、やっぱり一瞬躊躇しちゃうんですよね。扉を開けるのをためらっちゃいました。
意を決して扉を開けて、用件を伝えると、恐れ多くも校長室に通されちゃいました。
またですよ。それでなくてもどきどきしてたのにまたも緊張を強いられる様な環境です。
大体ソファが似合わない様な格好ですし。Tシャツにジーパンですからね。
じつにしおらしく待つこと5分。若先生がやって来ました。
若い女性の先生だという以外に知識はなかったから、どんな先生が来るのか期待半分、ドキドキ半分だったんだけど・・・うん。20代半ば過ぎって感じですかね。
あんまり美人だったら変に緊張してしゃべれなくなっちゃうかな、と心配してたんだけど・・・喋りまくってきました。・・・その辺でお察し下さい。
で、話し合いの方はどうだったかと言いますと、結論的には半分は希望が通ったという形になりました。
クラブチーム組の代表として先生に会ったわけではないんで、希望はあくまでもまーぼ個人のメニューのこと。何故変えたいのかの根拠を話した上で、ゆっくりと希望のメニューを伝えました。
私の方から出した希望としては
○今まで通り短距離の練習は継続させる
○プラスして400〜1000mくらいの中距離の練習もやらせて欲しい
という2点でした。
最初の点に関しては色々な方のアドバイス通り、短距離の重要性は痛感しましたんで、そのまま続けさせたいなと思いまして。
さらに中距離の方は先日コメントにも書いたんですが、ウチの甲子園経験者コーチ(この方は一時中堅校である母校のコーチもやってました)から、「ピッチャーを希望するなら中距離の練習でスタミナを付ける必要がある」と言われたからです。本人に確認するとやはりゆくゆくはピッチャーに戻りたいという希望があるので中距離もやるということでした。
で、希望を伝えた上で先生の対応はと言うと、やはり個人的に別メニュー組むのは難しいらしい。個人競技とは言え部活動ですからね。一人の生徒だけ特別扱いすることは出来ないでしょう。先生の立場なら。まぁこの辺は想定の範囲内ですから落とし所として、こんなのはどうだろうかと提案したらあっさりOKが出てしまいました。
その提案というのは、曜日別に長距離(実質中距離の連続)と短距離の両方の練習に参加するというもの。例えば月水金は短距離、火木は長距離と曜日ごとに練習を変えることが出来る訳です。
提案してみたら先生も「それならば」とあっさりOK。しかも曜日の組み方はこちらで好きに決めて良いということに。
これなら個人行動することなく短距離も中距離も練習する事が出来る。(厳密に言えば陸上部に中距離チームがいないため長距離チームに交ざるという形になっちゃいましたが)
本人の希望はあくまても一日の内で両方の練習することなんだけど、その辺は我慢してもらいました。その希望を通すためには色々障害があるだろうから、実現するのに時間が掛かってしまうでしょうから。
これをきっかけに、他のクラブチーム組の人たちがどう反応するか、それによって理想に近付けられるかが掛かってくるでしょう。
明日からまーぼは試験前休みに入ります。そして試験後から新システムでの練習になります。
実際に試した感想は2〜3週間先になるでしょう。
正直、まーぼもしぶしぶ納得したという所だけど、実際に練習してみてどんな感想を持つのか。それも楽しみです。
アドバイスをくださった方々、とりあえず、こんな形に落ち着きました。
その後の様子も追ってまた書きたいと思います。
ありがとうございました。
2005年09月23日
陸上部の意外な真実
先日、キャプテンのS君が陸上部を辞めると言いだした。
S君とは少年野球も一緒、シニアも一緒、そして陸上部も一緒と、常にまーぼと一緒に頑張ってきた間柄だけにその話はものすごく驚いた。練習好きで暇さえあれば体を鍛えることをしている彼が辞めるというのだからそれなりに理由があるはずだ。そう考えてまーぼやS君の母から情報を仕入れてみたところ、理由がかなり分かってきた。
○陸上部のメニューがS君の望むものと違っていた
○そのためメニュー以外にも独自に学校外周を走ったりしていたのだが、先生から「勝手な練習はするな」と止められたらしい
○それならばこういうものもメニューに入れてくれと申し出たが、先生から「メニューはみんな一緒でなければいけない」と、却下された。
○それならと、メニューを早めにこなし、帰宅後に走ったり、素振りしたりしたいと考えたが、周りとペースを合わせてやらないといけないため、一人早めに上がることは出来ない。
○みんなと一緒にメニューをこなすと帰宅は7時過ぎ、宿題や食事の時間を考えると素振りや走り込みに多くの時間を割けない。
簡単に説明するとこんな感じです。
正直ツッコミどころ満載です。どこから切り出していいのかすら迷っちゃいます。
まずは陸上部の実情からちょっと説明させてください。
ウチの陸上部は顧問が2人います。
一人は年輩の男性の先生。クラブチームに所属している子に対して理解があり、入部を認めてくれたのもこの先生です。
もう一人は若い女の先生。クラブチームにあまり理解を示さず、陸上部として全員を一つにまとめたいという野望を持っている(様に感じられる)実質的に活動を見ているのはこの先生。S君に対して発言したのももちろんこの先生。クラブチームの練習を休んで陸上の大会に出ろと言った実績あり。
部員数は総勢20人弱ですが、その半分はクラブチーム所属の子。(体育系でクラブチーム所属の子を受け入れてくれたのがこの部しかないため)野球だけでなくサッカーをやっている子もいます。
一応部内では短距離系、長距離系と分けて練習しています。これは陸上のみで考えれば当然の事です。短距離の選手が長距離走ったりしませんからね。
しかし野球やサッカーをやっている子と、陸上のみの子では求める練習が違ってきます。
野球やサッカーは長距離、短距離、両方の練習が必要になります。しかし短距離に属している子は長距離の練習は出来ません。まーぼもS君も短距離の方に属しています。
そんなことから今回の「陸上部を辞める」発言が出たようです。
まーぼからの事情聴取のとき、ざっと練習メニューを聞いてみました。見事に短距離のみです。思わず「そりゃいかんだろ。なんで長距離も走らないんだよ。野球選手としての練習を考えたら不足してるだろ。ボールが触れない分、走り込みもしてくれないと」と言ってしまったんですが、要するに先生がそれを認めないから、というのが答えでした。
正直うかつでした。陸上部に入れば、毎日走り込んでるもんだと思ってましたから。これならソフトテニス部に入っていた姉ちゃんの方がよっぽど走り込んでますよ。
若い先生は『クラブチームに入っていても、学校に於いては陸上部所属。クラブチームの子だけを分けて考えない』というのが基本方針なんです。それはそれで立派な考えに思えますが、そのくせ2学期早々の練習で、『週末にある陸上の大会に出ない子(要するにクラブチーム所属の子です)は今日は休み』と切っているんです。
自ら分ける発言をしてるんだから、練習も陸上1本の子と、クラブチームの子を分けて欲しいんですよね。
これははっきり先生に一言もの申さねばいけないだろうと思いましたよ。
まーぼからも「俺は部活を辞める気はないけど、メニューだけは何とかして欲しい。先生と話をするなら早い内にやってくれ」と言われたし。
私はウチの中学のことしか分からないんですが、他にも平日=陸上部、週末=クラブ、という人はいると思うんで、そう言う子がどんなメニューで練習をしてるのか、ぜひ教えてください。
また野球選手としてどんな陸上メニューが適してるのかも合わせて教えていただきたいと思います。
なにせ、野球経験も陸上経験もないものですから。
そのアドバイスを持って連休明けにでも先生と会ってきたいと思っています。
それと先生の上手い説得方法なんかも、もしあるならお願いします。
S君とは少年野球も一緒、シニアも一緒、そして陸上部も一緒と、常にまーぼと一緒に頑張ってきた間柄だけにその話はものすごく驚いた。練習好きで暇さえあれば体を鍛えることをしている彼が辞めるというのだからそれなりに理由があるはずだ。そう考えてまーぼやS君の母から情報を仕入れてみたところ、理由がかなり分かってきた。
○陸上部のメニューがS君の望むものと違っていた
○そのためメニュー以外にも独自に学校外周を走ったりしていたのだが、先生から「勝手な練習はするな」と止められたらしい
○それならばこういうものもメニューに入れてくれと申し出たが、先生から「メニューはみんな一緒でなければいけない」と、却下された。
○それならと、メニューを早めにこなし、帰宅後に走ったり、素振りしたりしたいと考えたが、周りとペースを合わせてやらないといけないため、一人早めに上がることは出来ない。
○みんなと一緒にメニューをこなすと帰宅は7時過ぎ、宿題や食事の時間を考えると素振りや走り込みに多くの時間を割けない。
簡単に説明するとこんな感じです。
正直ツッコミどころ満載です。どこから切り出していいのかすら迷っちゃいます。
まずは陸上部の実情からちょっと説明させてください。
ウチの陸上部は顧問が2人います。
一人は年輩の男性の先生。クラブチームに所属している子に対して理解があり、入部を認めてくれたのもこの先生です。
もう一人は若い女の先生。クラブチームにあまり理解を示さず、陸上部として全員を一つにまとめたいという野望を持っている(様に感じられる)実質的に活動を見ているのはこの先生。S君に対して発言したのももちろんこの先生。クラブチームの練習を休んで陸上の大会に出ろと言った実績あり。
部員数は総勢20人弱ですが、その半分はクラブチーム所属の子。(体育系でクラブチーム所属の子を受け入れてくれたのがこの部しかないため)野球だけでなくサッカーをやっている子もいます。
一応部内では短距離系、長距離系と分けて練習しています。これは陸上のみで考えれば当然の事です。短距離の選手が長距離走ったりしませんからね。
しかし野球やサッカーをやっている子と、陸上のみの子では求める練習が違ってきます。
野球やサッカーは長距離、短距離、両方の練習が必要になります。しかし短距離に属している子は長距離の練習は出来ません。まーぼもS君も短距離の方に属しています。
そんなことから今回の「陸上部を辞める」発言が出たようです。
まーぼからの事情聴取のとき、ざっと練習メニューを聞いてみました。見事に短距離のみです。思わず「そりゃいかんだろ。なんで長距離も走らないんだよ。野球選手としての練習を考えたら不足してるだろ。ボールが触れない分、走り込みもしてくれないと」と言ってしまったんですが、要するに先生がそれを認めないから、というのが答えでした。
正直うかつでした。陸上部に入れば、毎日走り込んでるもんだと思ってましたから。これならソフトテニス部に入っていた姉ちゃんの方がよっぽど走り込んでますよ。
若い先生は『クラブチームに入っていても、学校に於いては陸上部所属。クラブチームの子だけを分けて考えない』というのが基本方針なんです。それはそれで立派な考えに思えますが、そのくせ2学期早々の練習で、『週末にある陸上の大会に出ない子(要するにクラブチーム所属の子です)は今日は休み』と切っているんです。
自ら分ける発言をしてるんだから、練習も陸上1本の子と、クラブチームの子を分けて欲しいんですよね。
これははっきり先生に一言もの申さねばいけないだろうと思いましたよ。
まーぼからも「俺は部活を辞める気はないけど、メニューだけは何とかして欲しい。先生と話をするなら早い内にやってくれ」と言われたし。
私はウチの中学のことしか分からないんですが、他にも平日=陸上部、週末=クラブ、という人はいると思うんで、そう言う子がどんなメニューで練習をしてるのか、ぜひ教えてください。
また野球選手としてどんな陸上メニューが適してるのかも合わせて教えていただきたいと思います。
なにせ、野球経験も陸上経験もないものですから。
そのアドバイスを持って連休明けにでも先生と会ってきたいと思っています。
それと先生の上手い説得方法なんかも、もしあるならお願いします。
2005年09月05日
火事!・・・なの?

なんだか騒がしいと思ったら、消防車が来てた。
でもホース出した風もないし、ガセだったのかな。
2005年07月04日
人気ブログの筆者とお会いしました
土曜日に
『センスレス野球少年と父のドタバタ奮闘記』の星十徹さんとお会いしました。
まーぼの志望校『修徳高校』の関係者の知り合いを紹介してもらう、というのがメインの用件だったんですが、なにより星さんに会うのを楽しみにしてました。
こんだけ楽しくて感動的な文章を書ける人はどんな人なんだろうって期待してましたが、期待以上の人でしたよ。
ホントならもうちょっと前にしたかったんですが、私の出張の関係でこの日になりました。
待ち合わせ場所にチャリンコで現れた星さんは、ご自身が言っていた通り某大物歌手にそっくり。しかも胸には思いっきり「BASEBALL」の文字が。どう考えても間違えようがないです。
少年野球関係のブログでは絶大な人気とコメント数を誇る星さんですが、実際に会ってみると見た目のシブさとは裏腹の人柄の良さ。年下の私が言うのもなんですが、ホントに気さくな人でした。最初に会った時は、こんな大人な人にブログとはいえ意見してたなんて・・・と思っちゃったりしたんですが、しばらく話してみると、やっぱり文章からにじみ出る人柄そのままの人で安心しました。
紹介してくれたお店のご主人も奥さんもホントにいい人で、今度は家族を連れて行ってみようかなぁって思っちゃいました。肝心の修徳の話もたくさん聞けましたし。実りのある一日を過ごすことが出来ました。
星さんのブログが好きで、お酒も好きって人は是非実際にお会いしてみる事をオススメしますよ。きっと楽しい時が過ごせると思いますから。あ、お酒飲めなくても会話してるだけでも楽しいですけどね。
星さん、ホントにありがとうございました。
次に会える日を楽しみにしてます。(^^)/
『センスレス野球少年と父のドタバタ奮闘記』の星十徹さんとお会いしました。
まーぼの志望校『修徳高校』の関係者の知り合いを紹介してもらう、というのがメインの用件だったんですが、なにより星さんに会うのを楽しみにしてました。
こんだけ楽しくて感動的な文章を書ける人はどんな人なんだろうって期待してましたが、期待以上の人でしたよ。
ホントならもうちょっと前にしたかったんですが、私の出張の関係でこの日になりました。
待ち合わせ場所にチャリンコで現れた星さんは、ご自身が言っていた通り某大物歌手にそっくり。しかも胸には思いっきり「BASEBALL」の文字が。どう考えても間違えようがないです。
少年野球関係のブログでは絶大な人気とコメント数を誇る星さんですが、実際に会ってみると見た目のシブさとは裏腹の人柄の良さ。年下の私が言うのもなんですが、ホントに気さくな人でした。最初に会った時は、こんな大人な人にブログとはいえ意見してたなんて・・・と思っちゃったりしたんですが、しばらく話してみると、やっぱり文章からにじみ出る人柄そのままの人で安心しました。
紹介してくれたお店のご主人も奥さんもホントにいい人で、今度は家族を連れて行ってみようかなぁって思っちゃいました。肝心の修徳の話もたくさん聞けましたし。実りのある一日を過ごすことが出来ました。
星さんのブログが好きで、お酒も好きって人は是非実際にお会いしてみる事をオススメしますよ。きっと楽しい時が過ごせると思いますから。あ、お酒飲めなくても会話してるだけでも楽しいですけどね。
星さん、ホントにありがとうございました。
次に会える日を楽しみにしてます。(^^)/





