2012年03月11日

3・11

あの日から一年が経ちました。

あの日から変わった事、変わらない事、それぞれに色々あると思います。

ですが、一つ言えるのは、あの日の前には戻れないと言うこと。
3月11日を境に違う日本になったと思っています。

そう言えば私は阪神大震災からちょうど一年経った頃、出張で神戸に行きました。
あの時の神戸はたった一年とは思えないほど復興していました。

しかし今の東北は全く違う。
先日、石巻に行きましたが、瓦礫はまだまだたくさんあった。復興し始めてると感じるような光景は見られませんでした。
もちろん私の見た光景なんてほんの一端でしかありませんけど。

瓦礫の撤去は様々な問題があり簡単には解決出来ない事でしょう。
個人的には復興を進める為にもウチの市でも可能な範囲で受け入れては、と思うけど、やっぱり反対意見は多数出るでしょうね。

事は見えない放射能の問題ですから、どこまで行っても賛否両論。
一般の市民全員が納得の結論は出せないでしょう。
こう言う事に結論を出すのが政治家の仕事。
私は国会議員はともかく、我が市の市長を信じてますから、市長が出した結論を支持したいと思ってます。
重ねて書きますがあくまでこれは私の考えです。
否定的な考えの方もいるでしょうが、ここでの論議は考えていませんのでご了承ください。

今日、午後2時46分。私も黙祷しました。
おそらく日本全国で同じように黙祷を捧げていたと思います。
その思いが少しでも復興の支えになればと願っています。
posted by かに at 21:25| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もう1年が経つんですね。
この土日、実家に帰省してました。
1年前のあの日、東北から遠く離れた場所ですが、多津波警報が出て、うちの両親も高台に避難しました。
あれから初めて実家に帰省したら、いたるところに『ここは海抜○m』と書かれた津波被害の恐れを知らせる看板が立てられていました。
今日の太平洋は、穏やかだったんですけどねぇ・・・
Posted by PAT at 2012年03月11日 21:57
>個人的には復興を進める為にもウチの市でも可能な範囲で受け入れては、と思う

私も同じ事考えてました。
Posted by ハッシー at 2012年03月12日 14:13
黙祷ありがとうございました。
東北は必ずはい上がります!
Posted by れふてぃ at 2012年03月12日 18:38
PATさん、どうもです。
今日、あの日を感じさせるほどの大きな地震がありました。
一瞬にして恐怖が蘇って来ました。
この感覚は当分抜けないだろうなと実感しました。

ハッシーさん、どうもです。
実際に受け入れるにはものすごく多くのハードルがあるんでしょうね。
いっそ賛否の市民投票でもやって欲しいと思っちゃいます。

れふてぃさん、どうもです。
東北を孤立させることなく、日本一体で行けるといいですね。
もちろん私も微力ながら協力させていただきます。
Posted by かに at 2012年03月15日 00:01
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