2006年10月03日

たった一人の違うユニフォーム

昨日の『東東京大会NO.1』のエントリの最後に表彰式後に撮った集合写真を載せました。

その写真の中に、ただ一人ユニフォームの違う選手がいることに気付いた方はいたでしょうか。

その選手は2年生のO君。体は小さいが大きな声は出るし、ガッツあふれる内野手としてレギュラーとのボーダーくらいにいる選手でした。

その選手がなぜ他の2年生達と同じユニフォームを着ていないのか。
それは彼が大ケガから復帰したばかりだからなんです。

彼が怪我をしたのは、他でもない我がチームの河川敷。7月始めの練習中での出来事でした。
3カ所バッティング(マシン2台+投手)の最中にその事件は起きてしまいました。

セカンドを守っていた彼の近くに小フライが上がりました。その打球に彼の横にいた選手が反応し、「オーライ」と声を上げました。
その時彼はその打球にちょっと目をやってしまったため、次に来る打球にまったく気付きませんでした。
ライナー性の打球が上を見上げている彼の左眉の辺りに直撃したんです。

なにせ硬式のボールです。ものすごい衝撃が彼の頭部を襲いました。
その日私は河川敷にいなかったんですが、その時その場にいた父兄から聞いた話では、彼のおでこはボッコリと陥没してしまっていたそうです。彼はすぐに救急車に乗せられ、脳外科に強いT京大学病院に運ばれました。

頭部に強い衝撃を受けていますから、脳へのダメージも考えられる大変な事態でした。
何かしらの後遺症が残るのではとも心配されました。

しかし、幸いなことにそのようなこともまったくなく、一ヶ月ほどの入院の後、無事退院。
その後自宅療養の経過も順調で、2学期に入り学校にも通い始めたとの話も聞こえてきていました。

そうした中、9月半ばが過ぎた頃、彼が河川敷に戻ってきました。
一時はボールに対する恐怖心からチームに戻ってこないのではないかと心配する声もありました。
しかし彼は周囲の心配をよそに、元気にグラウンドに帰ってきてくれました。
新チームになり大会を戦っている選手にとって何より嬉しい援軍でした。
徐々に徐々に、少しづつではありますが、練習に復帰していきました。

しかし彼が戻って来たのは大会が始まってから。当然今回の大会に登録されていません。登録されていない以上ユニフォームをもらうことも、試合でベンチに入ることも出来ません。今回、2年生で登録されなかったのは彼と、もう一人、夏前に仙台から転校して我がチームに入ってきた選手の二人でした。二人はどの試合でも1年生達と混じって、今まで一緒に練習してきたチームメイト応援してくれました。

そして先日の決勝戦。もう一人の転校生君は欠席のため、ただ一人の2年生応援団として声を張り上げて応援してくれました。
その結果、チームは見事勝利。優勝旗を手にすることが出来ました。

その表彰式の時、写真を撮ろうとバックネット近くにいた私の横にO君がいました。
彼はやっぱりちょっと寂しそうでした。本当ならばあの列の中にいたはず。彼はそう思っていたでしょう。
私は思わず「来年の選抜の時はあの中に入ろうな」と声を掛けました。
彼は私を見て「はい!」と力強く答えてくれました。

そして表彰式も終わり、集合写真を撮るときになりました。
実はこの日、学校行事の関係で欠席している選手が一人いたんです。そのため金メダルが一つだけ余っていて、それが監督に手渡されていました。みんなが集合写真を撮るために整列しているとき、バックネット近くにいたO君を監督が呼び、その手にあった金メダルを首に掛けてあげました。

彼はキョトンとして「え、いいんですか?」と監督を見上げていました。
監督は「何言ってるんだ。これはお前のだよ。ほら一緒に並べ」と背中を押してやりました。

そして満面の笑みを浮かべ、チームメイトと共に並んだのがあの写真です。
彼にとってこのメダルは色々な意味で大きな記念になったと思います。
そして次回は自分も戦力としてメダルを勝ち取ろうと思ったことでしょう。
彼がそれくらい強い精神をもった選手であることを私は知っています。
来年の夏、彼が大きな声でチームメイトを引っ張っている姿がイメージ出来た、そんな瞬間でした。

(ちなみにこの日欠席した選手と、転校生選手の分のメダルもチームで同じものを発注したそうです)

posted by かに at 03:25| 埼玉 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | 中学硬式野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
遅ればせながら、優勝おめでとうございます。

監督さんの気配り、嬉しいですね。
精一杯チームに貢献したからでしょうけど、春には「全快」で頑張ってほしいですね^^
Posted by 少年野球コーチ at 2006年10月03日 06:35
 優勝おめでとうございます。上部大会も頑張って下さい。
 それにしても練習中のアクシデント、本当に気をつけたいものですね。O君の怪我も大事にいたらず良かったです。
 監督さんの配慮も嬉しかったことでしょう。昨年息子が交通事故から復帰した後の大会で、優勝は逃しましたが、敢闘選手に選んで頂きトロフィーを頂きました。息子は本当に喜んでおり親としてはその配慮に感謝しました。
 O君も見事にカムバックしてレギュラーを目指してこれからも頑張ってくれるでしょうね。
 
Posted by 四十肩コーチ at 2006年10月03日 08:43
O君、ほんとに良かったね(T-T) ウルウル・・・
頭は危ないから、気をつけなくちゃいけないけど、気をつけられることとそうでない事があるから・・・。
でも、本当にカムバックできて良かったよ。
また元気に一緒にがんばってね。応援してます!
Posted by Ayigus at 2006年10月03日 15:48
やはり硬球は危険ですね。
3方向から跳んでくる打球を内野で守るのは危険ですね。
きっと順番に投げて打つような工夫をされていると思いますが、再発防止のような対策はあるのでしょうか?
怪我を恐れていては何もできませんが、防げるものなら防いで欲しいものです。

O君の活躍に大期待です。
Posted by 背番号29 at 2006年10月03日 16:19
軟球と違って硬球は当たると怖いですよね。
命に別状もなく済み、後遺症も残らず本当に幸いでした。
それにしてもよく戻ってきましたね。私なら恐怖心から戻れなかったかも?

メダルの件も粋な配慮でしたね^^ 
Posted by ドラ夫 at 2006年10月04日 01:00
少年野球コーチさん、ありがとうございます。

徐々にノックにも合流してますから、春にはきっと他のメンバーと同じユニフォームを着ていることでしょう。
またレギュラー争いが熾烈になりそうです。
Posted by かに at 2006年10月04日 13:35
四十肩コーチさん、ありがとうございます。

不慮の事故から復帰するためには相当の努力と気持ちが必要でしょうから、息子さんも頑張りましたね。

こうした選手の頑張りを見ていると、チーム全体にその気持ちが伝わって自然と気合いが入りますよね。
Posted by かに at 2006年10月04日 13:39
Ayigusさん、どうもです。

本人はともかく親御さんもよく戻してくれたなと思ってます。やはり母親は「もう野球は・・」という気持ちが少しあったらしいです。それでも戻ってきたのは本人に強い気持ちがあったからでしょう。

その気持ちがあればまだまだ成長していくことでしょう。
Posted by かに at 2006年10月04日 13:42
背番号29さん、どうもです。

ウチでももちろん3カ所バッティングの際は、時間差で打つようにしています。
同時にマシンにボールを入れようものなら、指導者からすぐに罵声が飛びます。

あの時は、最初の打球がゆるい小フライ、次の打球が速いライナーということで、時間差を縮める打球の動きをしてしまったんですね。

対策というほどではないかもしれませんが、グラウンド内での声掛けが以前よりはっきりと大きな声でなされるように指導しています。
Posted by かに at 2006年10月04日 13:48
ドラ夫さん、どうもです。

本人は当たった瞬間にボールを見てませんから、それが恐怖心を根付かせなかったんだと思います。とはいえやはり正面の打球はまだ少しよけるような動作をしますね。

これは時間が解決する問題だと思います。見ているとその辺を考えて工夫したノックをしていますから。
Posted by かに at 2006年10月04日 13:51
 最近、年のせいか涙もろくなって困っています。この記事をよんでいて、思わずこみあげてきましたよ。かにさんの優しい気持ちも文章の中に入っていて、監督の人格もうかがえる素晴らしい出来事だと思います。
 こういう出来事の一つ一つが人間関係を豊かにして、子供の意欲や成長に繋がるんだと実感しました。
Posted by ナル at 2006年10月06日 09:57
ナルさん、どうもです。

怪我をした彼自身にも、この時期の大会にベンチ入り出来ない悔しさがあると思うんです。置いて行かれたような不安もあったでしょう。しかし、この監督の配慮で救われたように思いました。

良い監督の下で野球が出来て本当に幸せだと思いますね。
Posted by かに at 2006年10月07日 21:35
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