2009年02月11日

最後の試合

ここに来て我がシニアにもぼちぼちと新一年生が入団し始めました。
以前行われた体験見学会の手応えからすれば、まだまだ少ない人数ですが、これは毎年のことなんですよね。

入団することは決めてるけど手続きは少年野球をきっちり卒団してから、という考えの方が多いのでしょう。
それはそれで考え方ですから、全然構わないと思います。

4年前の我が家はこんな感じでした。

11月に県大会が終わり、年末から年明けに掛けて河川敷を回りました。
そして1月中旬にはチームを決め、その日の内に入団届けを出しました。

「決めた以上はすぐに入団して硬式の練習をしたい」

本人のたっての希望ですぐに入団届けを提出し、その日からフルで練習に参加しました。

ただ、少年野球の方で卒団記念大会が二つ残されていたんです。
年明けからの大会については出るも出ないも本人の自由。任意というのが我がチームのこれまでの慣例でした。
ですが、なんだかんだ言ってもほとんどの6年生が出場してましたし、また私も「ウチの代も8人全員出場して欲しい」と思っていました。

これに対し、一時まーぼは「もう軟式ボールは握りたくない」「卒団大会も出たくない」と言っていました。
心の中で少年野球は卒業、すでに次のステップに進む気持ちが強かったんです。
しかし残されたチームメイトのことをじっくりと話し、「大会前日、当日以外は硬式に行っていい」という条件を出しました。

この話し合いでようやくまーぼは

「俺の中では県大会決勝で少年野球は卒業なんだけど、みんなのために残りの大会も出るよ」

と、しぶしぶではありましたが納得してくれました。

そして迎えた大会当日。
前日の練習では久しぶりの軟式C球に戸惑いを見せてましたが、すぐに感覚を思い出して万全の状態で試合を迎えました。

ところが指導者の人数の関係で、どうしても審判を一人、ウチとは違う試合会場に派遣しなければいけない、ということになってしまった。

そしてその一人は私になってしまいました。
まーぼが試合をしている時に、違う会場で審判をしていた私。
正直試合が気になってしょうがなかったですよ。
息子の試合でのピッチングを2ヶ月間見ていなかった訳ですから。

こちらの試合が終わり、急いでチームの試合会場に駆けつけると、向こうから済まなそうな顔をした監督がやって来ました。

「いやー、ごめん。負けちゃったよ」

この試合に勝てば、次は指導者の人数が確保出来るから試合が見られる。
そう思っていたのですが、試合はあっさりと0対1で負けてしまったんです。

「試合前にね、今まで通り攻撃のサインを出すか?それとも自由にやるか?と聞いたんだよ。そしたら半数以上が自由にやりたいと答えたんで、その通りにしたらもう全然ダメ。点が取れなかったよ」

元々攻撃力が無いチーム。少ないチャンスを生かして何とか得点し、それを守りきって勝つ。そう言う野球をしてきたチームですからね。自由気ままにやっていたら点なんてやっぱり取れないんでしょう。

取られた1点というのも、実は最後の最後。サヨナラで奪われた1点だったそうなんです。

最終回までほとんどヒットを打たれることなく抑えてきたまーぼ。
対戦相手は以前も試合をしたことがあるチーム。
そして迎えたのは以前ホームランを打たれたことがある打者でした。

この時まーぼは「こいつを抑えたら多分ウチが勝つだろうなぁ」と思ったそうです。
そして「勝ったら来週も少年野球かぁ、シニアの練習に行きたいなぁ」などと不届きな思いが頭をよぎったそうです。

そして投げた1球がど真ん中。
相手打者はその球を見事に打ち返してホームラン。

打たれてもいいや、とは思っていなかったんでしょうが、気持ちのゆらぎがあったのは間違いないでしょう。
その1球をものの見事に打ち返されたのだから相手が見事と言うしかないでしょう。

結局その後、もう一つ予定されていた卒団記念大会は雨や諸々の関係で中止となってしまいました。
まーぼの少年野球最後の試合、最後の登板を見逃してしまったんですよね。
私自身はすごく悔しい思いだったんですが、まーぼはあっさりしたもの。
翌週は喜々としてシニアの練習に行っていました。

あれから4年も経っているんですが、この時期になるとやっぱり思い出すんですよねぇ。

posted by かに at 01:14| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自由 サイン この場合、どちらが良いのか悩みますよね^^
うちは弱小だったので、これが最後のチャンス だと思ったら、サインかもしれません。

この時のまーぼ君達は、公式戦で立派な戦績がありましたから、
この時は自由でも良かった。そう思います^^


Posted by ドラ夫 at 2009年02月12日 09:21
ドラ夫さん、どうもです。

いつもしんどい試合をしていて、自由にやらせてあげられなかったから、監督自身は選手に対するサービスのつもりだったようです。
でも試合後には「やっぱりこのチームは自由にやってたら勝てんわ」と改めて自覚したようです。
まぁ、勝ち負けは二の次の大会ですから、それでも良かったと思います。選手達も楽しんだようですし。
合流した時の選手達の顔が楽しそうだったから私も文句が言えませんでした。
Posted by かに at 2009年02月13日 02:19
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