2008年10月02日

ありがとう、番長

清原和博選手が引退しました。

残念ながら関東では中継もなく、生で彼の姿を見る事は出来ませんでした。
まぁ、一選手のために中継をするほど東京のテレビ局は粋じゃないですからね。

私にとって清原選手というのはイコール『番長』でした。

私の務める雑誌の名物企画に『番長日記』というものがありました。

とにかくグランド外での番長の姿を捉え、それに関西出身の編集者が「おう、ワイや。巨人の番長、清原和博や」という書き出しと共におもしろおかしく伝えると言うモノでした。

私はその『番長日記』担当チームの一員として、何度と無く清原和博という男と対決してきました。

まだ独身だった初期の頃。運転手付きの車で向かった先はなんと吉原のソー◎ランド。
吉原というのは東京でも屈指の高級歓楽街。
そんな場所にパリッとスーツ姿、おまけにおっきな花束抱えて登場する豪快さ。
こんな豪快で笑えるプロ野球選手、今はいなくなってしまいましたね。

終盤にはもう顔も覚えられてしまい、偶然六本木で鉢合わせしてしまった時。
私に気付き一瞬ぎょっとした顔をした番長。
そして「何や、今日もやってるんか?」とドスの利いた声で話し掛けられてしまいました。
その時はまったくのプライベートでしたからそう伝えると、番長はちょっと嬉しそうな顔で、「そうか、ご苦労さん」と、ねぎらいの言葉を掛けてくれました。

思えばその頃辺りから「撮るか、撮られるか」の緊張感のある関係ではなくなってましたね。
まぁ、こちらも単なる被写体、記事のネタと言う感覚ではなく、『番長・清原和博』という男が大好きになっていましたけど。巨人嫌いの私ですが、清原選手だけは好きでした。ファンと言っても良いかもしれません。

その『番長日記』も執筆を担当していた編集者の移動により終わりを告げました。
関西弁が話せれば誰でも書けるというモノではありませんでしたから。

その後、私の仕事は芸能中心となり、番長に会う(?)機会もめっきり減りました。

そして番長は巨人からオリックスへ。
体がボロボロになりながらも「野球をやるんだ」という強い意志、清原和博という男の生き様を見せてもらいました。
そして引退会見。母親をおぶりながら引退を伝えたという話に涙が出ました。

清原和博というのは本当のスター選手でした。立っているだけで絵になる男でした。
彼が今後、どんな進路を取るか分かりません。ですが、これまで築いたものを壊すことだけはして欲しくない。
ファンとしてそれだけは願っています。

番長、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。


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posted by かに at 11:08| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 プロ野球も桑田・清原世代が去ったことで、一時代が終わりましたね。
ところで予想外というか、外人監督が放り出したチームの後をついで、2位のAクラスに持ってきた大石監督の手腕も捨てがたいと思うのですが、来年のオリックスの監督は、どうなるんでしょうね?
 予定どおり、清原に?
個人的には、監督業に就くならば、一度外に出てプロ野球界、自分を見直してから戻ってくるのが一番と思いますが・・・
Posted by 古田兼好 at 2008年10月02日 14:24
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