2008年09月25日

母校のテレビ番組

来年春、私の母校の高校が無くなります。


無くなると言っても、厳密に言えば学校自体が無くなってしまう訳ではありません。
校舎は残ります。ですが校名は消えてしまいます。


子供の減少による統合というやつです。


私が入学した当時、また出来て間もない学校で、私は五期生でした。
まだ新設校独特の雰囲気があり、学校の歴史を自分達が作っているという気概に溢れていました。


そんな学校も現在の一年生が二十九期生(たぶん)。
時の経過と共に学校の様子も様変わりしました。
社会人になり地元を離れた私は知らなかったんですが、いつの頃からか、県内屈指のバ◎高校、不良高校と言われるようになっていたらしい。
実際ちょっと調べてみたら、偏差値も私が受験した頃より20以上落ち込んでいました。


何がきっかけで、とか、そういうことはわかりません。
元々自由な校風だったから、それをはき違えちゃったヤツがいたのかな。
真実はわかりませんが、母校が周囲にその様に言われることは残念でなりませんでした。


私は2年と3年の夏、野球部の応援団をしていました。
早稲田大学応援団の方を招き、きちんと指導してもらい、かなり気合いを入れてやっていました。
(高校卒業後には早稲田大学の応援団に入りたいと思っていたほどでした。まぁ、学力の関係で断念しましたけどね)

肝心の野球部の方はと言うと、これが県立の悲しい性。すんごく弱かった。
3回戦の壁が破れないチームでした。
しかし野球部、応援団、ブラスバンド、一般生徒が一体となった熱い夏を過ごしていました。

野球経験のない私にとって、今の野球観の原点はその時に形成されたと言っても過言ではありません。

甲子園ではPL学園のK・Kコンビが活躍していた頃です。


時は流れが、学校が荒れると共に野球部はさらに弱くなっていました。

96年から10年間、初戦突破すら出来ませんでした。
その時その時の部員は、みんな頑張って野球に取り組んでいたと思います。

しかし学校全体が応援していた私の頃と、応援団はおろか、一般生徒の応援がまばらな状態とでは、気持ちの部分で大きな違いが出てしまうでしょう。

私自身、毎年、新聞で抽選結果を見て、しばらくして同じく新聞で敗戦を知る、そんな繰り返しでした。


そんな中、一昨年、新聞で母校の名を見付けました。
敗戦したものの、障害を持つ選手が投手として頑張ったと言うものでした。

映像も見れませんでしたし、詳しいことはひとつもわかりませんでしたが、「負けはしてるけど選手は頑張ってる」それを知れて嬉しい思いをしたのを記憶しています。


そしてその翌年。つまり去年、母校は10年振りの1勝をあげました。


その時の事がテレビに取材されていて、賞を取るほどのノンフィクション番組になっていた事を最近知りました。


早速、YouTubeでその映像を探しました。




ありました。



長い番組ですから、6つにも分かれてアップされていました。

そのすべてをしっかり見させてもらいました。




久しぶりに見る母校の姿、野球部のユニフォーム。




そして校歌。


気が付いたら涙が流れていました。


リンクを張り付けておきます。興味がある方はご覧になってください。
こうしてしまうと、私の母校がバレちゃいますね。(^_^;)
色々考えましたが、来年には母校の名前が無くなってしまう。
その前に一人でも多くの人にこの映像を見てもらいたい。そう思いました。

母校の出身者の中には、恥ずかしくて県内では名乗れない、という人もいると聞いた事があります。

しかし私は母校に誇りを持っています。
たとえ今の状態がどうであれ、私の出身校は良い学校でした。


甲子園などまったく関係のない、公式戦のたった1勝の物語です。
ホントに、良かったら見て下さい m(_ _)m

負けんじゃねぇ 〜神田高校に起こった奇跡〜

posted by かに at 01:54| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
始めまして 神奈川で同じ高校球児を持つ父として感動しました。

 私の母校も今年 統合しました。 三月にOB交流戦(闘球ですが)に行った時 野球部の帽子が 雨ざらしになっていたのを見て 寂しい限りでした。

 母校を慕う気持ち、今を大事に思う気持ち 再認識することが出来ました。 有難う御座います。  

 息子同士が対決出来る日を楽しみにしています。
Posted by 晴パパ at 2008年09月25日 06:36
素直に感動しました。

野球っていいなって再確認。

これからも家族全員で野球できますように。
Posted by RK at 2008年09月25日 14:13
たしか、このドキュメンタリーって賞を取りませんでしたっけ?
そうですか、あの高校の出身なんですね。
あの番組って最初の企画と違った方向(たぶん、片腕の投手をメインにしようとしてたのでは?)で奇跡的に「奇跡」を収めることができたのではないでしょうか。
そういう意味では、あの高校を追いかけたスタッフにも奇跡が起きたのかもしれません。
Posted by touch at 2008年09月25日 18:04
ティッシュ片手に見ちゃいました。

「勝利の女神は、あきらめなかった者にだけに、ときどき奇跡のようなご褒美をくれるのだ」
いつも努力が報われるわけじゃないのですが、それでもあきらめないこと、それが大事なんですね。
Posted by 少年野球コーチ at 2008年09月26日 05:18
母校が統合されるのは寂しいですが、その時代時代の生徒たちは、しっかりと歴史を築いてますね。
今回の野球部の件、すごく心に残る偉大な歴史を刻んだと思います。
Posted by スマイルヒット at 2008年09月26日 07:56
晴パパさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

神奈川って他県より統廃合が多いような・・・気分ですけどね。
通っている時はまさか将来自分の学校が統合されてしまうなんて想像もしてませんでした。
でも統合相手の高校と比べれば校舎が残る分だけでもましと考えなければいけないでしょう。
新しい学校になっても野球部には同じ精神を受け継いで欲しいと思います。


RKさん、どうもです。

下手な脚本を書くより、それぞれの家庭、それぞれの学校でドラマがある。
そっちの方がよっぽどドラマチックだし、感動的なんですよね。
RKさんのチームでもきっと来年夏に感動的なドラマが待ってるでしょう。
それを信じています。


touchさん、どうもです。

そうです。賞、取ってますよ。
ご指摘の通り、きっと当初は「片腕の投手、最後の夏」といった切り口だったのでしょう。
でも結果的にああいうドラマがあって、より感動的になった。
当初の通りだったら賞まで取れたかわからなかった。
世の中何がどう変わるかわかりませんね。


少年野球コーチさん、どうもです。

努力がいつも報われる訳じゃない。
でも諦めなければいつか必ずそれが実になって自分に返ってくる。
それが奇跡のようなご褒美のときもある。
だから諦めずに努力し続けなきゃいけないんですよね。


スマイルヒットさん、どうもです。

本編中にもあった通り、この勝利、この番組を期に学校は変わったと思います。
この野球部員の頑張りがなければ、母校はもっとヒドイ状態で統合になったと思う。
彼らの頑張りのおかげで、きっと今の現役生も母校の名が消えることを寂しく思えるんじゃないかな。
OBとして彼らに本当に感謝しています。
Posted by かに at 2008年09月30日 14:50
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