2008年05月21日

まーぼ6年生 集大成への道 11

準決勝のサドンデスをサヨナラ勝ちで決勝進出を決めた我がチーム。
わずか30分の休憩を挟んで、続けざまに決勝戦が行われた。

決勝の相手はかつて対戦した事があるチーム。
それは2ヶ月前。県大会に先立つ県南大会の3回戦で対戦したさいたま市のチームだった。
あの時は県大会進出を決めた高揚感を試合に生かす事が出来ず、集中力も精神力もまるでガス欠にでもなったような試合でした。
打てず守れず散々な内容での完敗。0−10の5回コールド負けでした。

選手もベンチも覇気がなかったあの時。しかしこの日は違いました。
選手の目には力強いものが光っていました。「これならいける」ベンチの指導者もそう思った事でしょう。
そして最終決戦の幕が切って落とされた。

決勝の先発はあの時と同じ5年生のTM君。
あの時は初回にいきなり四球とヒットで3失点。結局2回1/3 4失点でマウンドを降りている彼。

初回、ヒットは打たれたがあの日のように自滅することなく無事に切り抜けた。
ところが2回。心配された四球が出てしまう。
ここから粘って2者を打ち取り2アウト3塁になったところで8番バッターにタイムリーを打たれてしまった。
さらに3回にも四球絡みで点を奪われてしまった。
これで2点のリードを奪われてしまう。

前回同様このままズルズルいってしまうのか・・・そんな心配を吹き飛ばしてくれたのはやはり選手達だった。
センターに抜けるかという当たりをセカンドがダイビングキャッ チ。
ショート頭上を襲う打球を5年生のK君がジャンピングキャッチ。
サードのまーぼも3塁線ギリギリの打球を逆シングルキャッチ。
ピッ チャーのTM君も4回以降をノーヒットに抑える素晴らしいピッチング。
全員が集中力を切らさず、必死に守っていった。

こうなればあとは攻撃するのみ。少ないチャンスでも足を使って1点を取りに行く。
それがウチの野球なのだが、相手の上手い守備でその足が使えない。
3回、1死からヒットで出塁したキャプテンS君はすかさず盗塁するも2塁で憤死。
彼が盗塁で刺されたのはこの大会初めてでした。
こちらの攻撃、4回を除いて毎回出塁しているのだが、要所要所で内野ゴロに抑えられて走者を迎え入れる事が出来ない。

こうして0−2とリードされ最終回を迎えた。
初球を打って出た8番まーぼはセカンドゴロ。9番TM君も1ボールからのファーストストライクを打って1塁フライ。
あっさり3球で2アウト。
そして打席にはキャプテンS君が立った。
これまで幾多の試合でチームを救い、チームメイトの気持ちを 鼓舞し続けてきたS君のバットにみんなの思いが乗り移っていた。
前のバッター達と同じくファーストストライクから打っていった。
強く振り抜いた打球は左中間に飛んで行く。
抜ければ2ベースヒットは確実。

しかし相手センターが絶妙なタイミングで飛び込んだ。


スーパーキャッチ。


S君の打球はセンターのグローブに収まった。
3アウト、試合終了。

最後の打球同様、優勝にはあと一歩、あと数センチ足りなかった。
それでも整列後、スタンド前に挨拶に来た選手達の顔には涙はなかった。
みんな充実感一杯のとびきりの笑顔を見せてくれた。
勝っても負けてもこんな表情が見たかった。そんな試合を見せてくれた。
スタンドの父兄も笑顔に涙を流しながら、手が腫れるほど拍手をしている。

県大会優勝という先輩の偉業を受けて目指したこの舞台。
2年の月日を積み重ねてようやくこの舞台に立つ事が出来ました。
目指していた目標には一歩届かなかった。優勝ではなく準≠ェ付いてしまった。
それでも力を出し切った選手達は晴れやかな表情を浮かべていた。

埼玉県431チームの中で、この試合を出来たのはたった2チーム。
その試合を経験出来たことが一番の財産になったことでしょう。


あの日から4年の月日が経っています。
しかしあの時、あの瞬間の気持ちは忘れる事はありません。
そんな思い出をこのような形で再録する事が出来たのを嬉しく思います。
親バカな文章でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。
posted by かに at 16:55| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする