2008年02月20日

まーぼ6年生 集大成への道 2

先日の続きです。

どんよりとした曇り空の午後1時。試合が開始された。
この日の相手は○△市のチーム。○△市は市内に30チーム近く所属し、この県南部地区でも常に結果を残している地域です。その地域の代表ですから気合いを入れていかないといけません。

初回、まずは我がチームの守りから。マウンドに登るのはもちろんまーぼ。
先頭打者を見逃し三振に切ったのを皮切りに続くバッターをセカンドゴロ。
最後のバッターも三振と、3人に対してわずか12球。
曇り空を晴らすような小気味の良いピッチングでスタートを切った。

その裏の攻撃。
まーぼのピッチングの勢いを受けて、まずは先頭バッターがセンター前ヒットで出塁した。
するとすぐに盗塁。ノーアウト2塁から続く2番もライト前にヒットでノーアウト1、3塁となった。
1塁ランナーも盗塁でノーアウト2、3塁。
自慢の足を使った攻撃でいきなり大きなチャンスを得た。
一気呵成に攻め込みたいところだったが、このあとの3番がサードゴロ。
その当たりで3塁ランナーが飛び出してしまい本塁で憤死。
それでもまだ1アウト1、3塁。
ここで1塁ランナーが盗塁。じつはこの3番バッター、小太りな体型でおよそ盗塁をするように見えない。(じつはそこそこ早いんですけどね)そのせいか、キャッチャーは3塁ランナーを無視して一気に1塁ランナーを刺しに来た。
そこをすかさず3塁ランナーがホームへスライディングで1点を先制した。
その後、4番、5番が倒れて、この回は1点で終わってしまったが、自慢の足を使った攻撃で相手を翻弄する事が出来た。

先制点をもらったまーぼはますますピッチングがさえ渡る。
2回は三振、1塁ゴロ、3塁ゴロ。
3回も見逃し三振、3塁ゴロ、1塁ゴロと、外野にすらボールを飛ばせない万全なピッチング。
しかも初回の12球に続いて、2回も12球、3回はなんと7球で終え、試合もテンポ良く進んでいく。

こうなると早く追加点を取りたいのだが、2回に2アウトからヒットと盗塁でランナーを2塁に進めたがタイムリーは出ず。
3回も2アウトから連打が出るもやはり凡退。
こちらの攻撃もあと1本が出ない状況が続いてしまう。

そうこうしている内に4回の表。
ここまでノーヒットに抑えてきたが、ついに先頭打者にヒットを打たれてしまう。
レフト前にはじき返されノーアウト1塁。しかも1番打者。
何でもあり得る場面で相手ベンチの選択は強攻。
ここをサードゴロに切り、1塁ランナーはセカンドでアウト。惜しくもゲッツーを取る事は出来なかったが、アウトカウントを奪いとりあえず一安心。
その後も相手ベンチは仕掛けて来ることはなく、ピッチャーゴロ、センターフライで最初のピンチを切り抜けた。

4回裏、5回表とともに3者凡退で迎えた5回の裏。

先頭打者は9番のまーぼ。
カウント2−2からの6球目を叩くとボールは1塁線へ。
この打球をファーストが弾き、まーぼはノーアウトから出塁することが出来た。
ここで続く1番打者は手堅く送りバント。まーぼは2塁へ。
2番が倒れて2アウト2塁となったが、ここで3番がライト線にタイムリー。
まーぼが2塁から生還して2点目を奪った。
このあと4番にもタイムリーが出て3点目。
まーぼの調子を考えればセーフティーリードと言える点を奪う事に成功した。

その後の守りはほぼ予定通り。
6回、7回ともにランナーを出してしまったが、その後を落ち着いて締めてシャットアウト。

まーぼは7回完投。76球を投げて2安打完封。三振6個を奪う快投で、チームも2回戦に駒を進める事となった。


無事初戦を勝利した我がチーム。つづく2回戦は翌週の日曜、12日に行われた。
この試合に勝てば県大会出場の資格を得る。
春の県南大会はこの2回戦で敗れている。
是が非でも勝ちたいこの試合は、これまでにないほどの厳しい試合となった。

続きは後日・・・。
posted by かに at 18:23| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まーぼ6年生 集大成への道 1

2004年の5月に始めた『台風一過』もこの春で丸4年を迎えます。
2004年と言うと、まさにまーぼが少年野球最後の年を送っていた時期です。
が、その頃の私のブログにはあまり少年野球のことは書いていません。
当時は日常のちょっとした事や、仕事での風景などを書くのが中心でした。

その後、『センスレス野球少年と父のドタバタ奮闘記』の星十徹さんとの出会いがあり、気が付けばすっかり少年野球ブログの世界に仲間入り。今では日記のほとんどが野球がらみ。当時とはまったく違うブログになったと言っても良いでしょうね。

最近は少年野球がテーマのブログも数多くなり、楽しく読ませてもらっています。
しかそのたびに「あぁ、オレもあの頃、まーぼの試合のことをもっと書いておけば」と悔やむ事が結構あります。

あの当時、私は少年野球チームのホームページを管理していて、試合の結果や戦評なんかはそちらで書いていました。あちらにそうしたものを書かなければ成立しないし、こちらにはそれを書かないでも成立する。「同じようなこと両方に書いてもな」と思ってたんですね。

しかしあちらのホームページも後進に譲り、新たな形に変わってスタートしてますから、形として残すならやはりこちらでという気持ちになってきたんです。

そこでまーぼの少年野球時代の試合のいくつかをこちらに書くことにしました。
と言っても6年生の1年だけでも60試合近くありますから、そのすべてを書くのは一苦労。
そこで、私にとっても一番の思い出でもあり、まーぼの少年野球時代の総決算でもある県大会を含む上部大会のことを書きたいと思います。
親バカの面が多々あると思いますが、良ければお付き合いいただきたいと思います。

私の住んでいる市には7つの少年野球チームがあります。
その全てがスポーツ少年団に所属していて、いわゆる学童の上部大会よりスポ少の上部大会の方に重きを置いています。
まず春の市内大会での上位2チームが県南大会に進みます。ウチはこの年春季市内大会で優勝し、まずは県南大会に進む権利をゲット。
その県南大会には各市から選ばれた32チームが進出し、そこでベスト8に入ると(つまり2回勝つと)さらにその上の県大会に進む事が出来ます。
県大会は春と秋に2度あるんですが、そのどちらも同じ形になっています。
ただ春の県大会は優勝するとその上に全国大会があり、ウチも当然そこを狙っていました。
しかし春の県南大会は県南大会2回戦で惜しくも敗れてしまいました。
その話はかつて『まーぼが初めてマスクをかぶった日』というエントリーで少しだけ触れました。
県大会出場、その先の全国大会への夢も途絶えてしまい、失意の中で始まった池山杯という大会で優勝を果たし、我がチームのリベンジが始まりました。

今はシステムも変わりましたが、当時は春の市内大会での上位2チームが2度の上部大会出場の権利を得ます。この時点で春は終わってしまいましたから、チャンスは残る秋の大会のみ。
日々の大会を戦いながら、秋の大会に向けての挑戦が始まりました。

そして季節は春から夏、そして秋へと移り、秋の県南大会が始まりました。
時は2004年9月5日。初戦の相手は○△市のチームでした。

続きは後日・・・。
posted by かに at 02:57| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 少年野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする