2006年11月29日

3年生ありがとう 1

今週末、我がチームは納会・総会があります。
3年生にとってチーム絡みの公式行事はこれが最後。晴れて卒団となります。

思えばこの3年生達には良い思いや悔しい思いをいくつもさせて貰いました。
選手、父兄に対しては感謝の言葉をいくつ言ってもしきれません。

私はこんな性格ですから、選手個人とも割りと話をしてきた方だと思います。
18人の選手それぞれに色々な思い出があります。
その中で1番思い出が多いのは、やはり少年野球の時から見て来ているR君でしょう。
以前、このブログでもちょっと書いたことがある、体が小さい背番号19番君です。

少年野球に時のR君はつねに守備の中心としてショートを守り、攻撃でも1番を打つ、チームの中心選手でした。
R君の学年の選手数が少なかったこともあって、まーぼは数多くの試合で一緒にプレイしてきました。

そのR君が中学生になったらシニアに行く、というのを聞いたのは、新チームとして動き始めた2月頃のことでした。
それまで我がチームからシニアに行った選手はほとんどなかったため、かなり驚いたんですが、同じくチームのコーチをしていたR君の父親から、その指導内容や練習環境を聞くにつけ、次第に我が家の中でも中学になったときの選択肢として、シニアというものが大きなものになっていきました。

春になりまーぼは6年になりました。当然チームの中心として毎週試合や練習で忙しく、同じように私も忙しくなっていきました。
R君のその後の様子はコーチを続けていたR君父から聞いていました。
身長が低くパワーがないから苦労しているということを。
パワー不足は少年野球の頃からずっとですから分かっていましたが、R君ほどの選手でも苦労するほど、硬式野球というのはハードルが高いのかと痛感させられました。

そして1年が過ぎ、まーぼも引退の時期となりました。
この頃には実体験こそしてないものの、硬式に進むと決めていました。
年明けからいくつものチームを見学し、最終的に選んだのが現在のヒガ◎リ。
そしてまーぼも「R君」から「R先輩」と呼び方が変わるようになりました。

息子が入ったことにより、たびたび河川敷に通うようになり、2年生になったR君の様子もたびたび見るようになりました。
2年生の中でR君は飛び抜けて小さい選手でした。それでもスピードがあるからやっていけるだろうと考えていたんですが、他にもたくさんスピードがある選手がいたため、中の上というくらいのポジションでしかありませんでした。
バッティングはやはり体格に勝るチームメイトと比べると飛距離が足りない。
それならば得意の守備でと思っても、スピード不足と体力不足であと一歩のところでミスしてしまう。
R君父が「苦労している」と言っていたのをまざまざと見せつけられた格好でした。

しかしR君はへこたれませんでした。
何度も何度もミスをして、そのたびに総監督に怒鳴られて、それでも必死に食らいついていました。
何より彼はほとんど休むことをしませんでした。
少々熱があっても休むことはしない。小さい体で必死にやっているから足にかなり負担が掛かってかなり腫れあがったときも、練習を休むことはしませんでした。

オープン戦などで、父が来ていないときに良いプレイをすると、
「今のプレイ見てた?お父さんに言っておいてよ。お父さんは俺が良いプレイしたって言っても信用してくれないからさ」
と人なつっこい顔で言ってきます。

しかし頑張っているからと言って試合に出られるほど、シニアの世界は甘いものではありません。
今年に入り、チームがめきめきと頭角を現すようになってきても、R君の出番はほとんどありませんでした。
梅雨から夏になり、チームは着々と勝利を重ね、ついに選手権出場を勝ち取ったのですが、その大会でもR君は数試合代打や代走で出場するだけでした。

そして始まった日本選手権。3年生であるR君にとっては正真正銘これが最後の大会でした。
しかし、準決勝を終わった段階でR君の出番はまったくなし。
残るは3位決定戦のみでした。
チームにとってメダルの掛かるこの試合は是が非でも勝ちたい。
そのために控え選手が出るような場面はないだろうと思われました。

試合は5対0で最終回を迎えました。
2アウトランナー無しの場面で、監督がタイムを取り、選手の交代を告げました。
ベンチを飛び出すように全力疾走で守備位置のセカンドに向ったのはR君でした。

全力疾走する彼の姿を見た瞬間、すぐに涙があふれ出しました。
「R!!R〜〜!!」大声で声援を送りながらも、カメラを構えました。
ピントが合ってるのかどうかさっぱり分かりませんでした。
カメラのオートフォーカス機能を信じてシャッターを押し続けました。

そして最後の打者を三振に打ち取ってゲームセット。
R君も飛び上がるようにして整列に向かっていきました。
この日初めてベンチからではなく、フィールドから整列に向かったんです。

試合後、色んな思いをこめて「お疲れさん」と声を掛けました。
彼は「俺は何もしてないけどね」と少しおどけて言いました。
やはり戦力として活躍出来なかった悔しさがあったのでしょう。
「バカ言ってんじゃねぇよ。お前が頑張ってたのは俺は十分分かってるから」
それだけしか言ってやれませんでした。

彼は今、地元の県立高校に入学するため勉強を頑張っています。
その高校は今年の夏の予選で甲子園出場した浦和学院を1回戦であわやというところまで苦しめたすごく良いチームです。
部員数は少ないんですが、良い指導者がいるので、今後強くなっていくでしょう。
何度か練習にも参加していて、監督からもその守備力を高く評価されているそうです。

中学時代には悔しいことがいっぱいあっただろうけど、彼の才能はこれから花が咲きそうな気がします。
幸い彼の選んだ学校は河川敷からほど近いですから、折を見て見学に行きたいと思っています。
その時にも彼はきっと、いつもの人なつっこい笑顔で迎えてくれるでしょう。

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(左からまーぼ、R君、S君)
posted by かに at 03:38| 東京 🌁| Comment(26) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする