2006年02月15日

〜まーぼが初めてマスクをかぶった日 1〜

現在、シニアではキャッチャーとして日々精進をしているまーぼ。

これまでも何度も書いている通り、少年野球ではピッチャーでした。マウンドに登らないときはサード。低学年の頃からずっとそんな感じでした。

そんなまーぼが6年間の少年野球生活で、ただ1度だけキャッチャーマスクをかぶっているんです。それも決勝戦で。

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実はこの話、書き上げてみたらかなり長くなってしまいました。
まーぼがキャッチャーを引き受ける気持ちの部分で、どうしても前段階が必要だったんでこうなってしまいました。

そこで今日から3日に分けてエントリしようと思ってます。すいませんがおつ付き合い下さい。

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それは2004年5月15日 池山杯の決勝での事でした。

池山杯というのは、その名の通り、元ヤクルトスワローズのブンブン丸こと池山隆寛氏の名前を冠した大会です。この大会はどこでエントリーできるわけではなく、近隣の大会でそれなりの成績を残しているチームにのみ出場の打診があるというものでした。池山氏が関わるのですからどのチームも出たいと思いますからね。ですからここに出られただけでも栄誉なことでした。前年の12月に第1回大会が行われ、この時が第2回大会でした。


この日を迎えるまでに、我々には多くの出来事がありました。


この大会の開会式前日。

我がチームは県大会出場を賭けて、県南部地区大会の2回戦を行っていました。

2学年上の先輩が県大会優勝。決勝戦をスタンドで見たまーぼ達の目標は自然とその県大会出場、優勝になりました。

そしてそのチャンスが目の前までやってきていました。この試合に勝てばベスト8。県大会の出場権を獲得することが出来る。

しかしその試合で、5対5の引き分けからサドンデスで相手に1点多く取られ、惜敗してしまいました。

夏の県大会は全国大会に通じる大会だけに、選手も指導者も最優先で考え、年頭からここに行くことを目指していました。
その夢が断たれた翌日に、池山杯の開会式があったんです。


あいにくの雨で開会式は主催チームの関係の小学校で行われました。もちろんブンブン丸・池山も来ています。
その池山氏を前に出場32チームのキャプテンが並びます。一人ずつ大会に向けての抱負を言っていきました。
30番目、我がチームのキャプテンの番です。言わずと知れた私のブログに何度も登場しているキャプテンS君です。
そのS君はマイクを持つと、壇上で腰掛ける池山氏に向かって力強くこう宣言したんです。


「○小ファイターズのSです。優勝しますから○小ファイターズの名前を覚えておいてください。」


ここまではっきり優勝を意識したことを言ったキャプテンはいませんでしたから、会場内がどよめいたことはいうまでもありません。
もちろん、我々指導者も驚きました。昨日の今日ですから。

前日の反省会で、「次の大会がすぐに始まるから、切り替えていこう。」と話しました。
しかしそれは容易でないことは、反省会で泣きまくる選手を見ている私達も、痛いほどわかっていました。
実際に試合になったとき、どうやって気合いを入れようか、学校に戻り、解散した後に指導者だけで話し合ったりもしました。

それがこの宣言です。気合いを入れられたのは我々の方でした。

大会が始まったのはその3日後でした。(開会式がGW最終日だったんです)

結果は13対1。打線が爆発し、まーぼも相手4番にホームランを打たれたものの、2安打1失点。まさに復帰戦としてふさわしい内容の試合でした。


華々しく復帰戦を飾ったように見えるものの、実はこの試合から今までと違うところが一つだけありました。

それがキャプテンS君の欠場でした。


続きはまた明日。
posted by かに at 14:16| 埼玉 🌁| Comment(13) | TrackBack(0) | 少年野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする