2005年11月21日

サヨナラポチ〜賠償問題<<5日目〜退院>>

みなさまに痛みのおすそわけをしてしまい、不評を買ってるこのシリーズですが(笑)本日最終回でございます。ご安心下さい。

起きて早々から、ポチへの空気を抜く処置をストップさせた5日目。
前日届けられたニンテンドーDSのお陰で、ナースに起こされるまですっかり熟睡していた。

今、サラッと書いてみたんだけど、『ナースに起こされる』ってなんだか良いフレーズ(笑)
実生活ではないからね。そっちの趣味がない限り。制服自体は嫌いではありませんが、自宅でするほど愛好家じゃないから。(笑)

さて、バカな話はともかく。

起こされた直後に地震です。三陸沖で起こった地震、ウチの辺りは震度2だったかな。普通に生活していて、自宅にいた頃なら間違いなく気付かないですね。こんな時間でしかもこの震度。この程度じゃ起きないね。

揺れが治まった後にふと思った。この病院ってかなり古いんですよ。元々は戦時中の陸軍病院として作られたものが前身だっていうんですから。まさかその頃からの建物って事はないでしょうが、壁の染み、亀裂からすると結構古そうだし。隔離病棟があったとか、例のアレを見たとかってウワサも近所では流れてるし。

そんな建物ですからデカイ地震が来たら一発で倒壊しちゃうんじゃないか?って不安がよぎっちゃったよ。
しかも連鎖って言うんですかねぇ。改めてこの建物が古いことを実感しちゃったら、その夜から窓の外見るのがちょっぴり怖くなっちゃうし。めっちゃいそうですからね、アレ。

15年ほど前にも、2週間ほど入院したことがあるんだけど、その時には夜中に霊安室がある地下まで階段で向かってみたりと、チャレンジ精神があったんだけどねぇ。その時に入院してたのは今回とは違ってとてもキレイな病院だったからね。今回はさすがに無理でした。シャレにならない事態が起こりそうですからねぇ。まぁ15年前は若気の至りってヤツだったのかも。

話が思いっきりそれちゃいました。

朝からナースの指示でポチへの脱気がストップ。24時間このままの状態で問題なければ、ポチとはサヨナラすることになる。だからってじっとしててもしょうがないから、まずは自力で洗髪。つづいて1階の売店にスポーツ紙を買いに。しかも階段使って。全然くるしくならなかったですね。ホッとしました。

そんなこんなで昼。主治医がやってきました。
前日調べたCTの結果。

「肺の表面に目立ったブラ(気泡)はないようです」

ということだった。ふ〜。・・・と、いうことはすぐに再発してしまう可能性はない訳です。
気泡が出来る原因が判明していないから、今後再発の可能性がゼロではないんだけど、いますぐって事はなくなった。良かったよ〜。あの痛いのをまたすぐやるって事だけはなくなったよ。ホッ。

しかも、現在つながってるポチに関しても、このまま順調なら明日取っちゃうことが決定した。
いよいよ退院も視野に入ってきた。主治医としてはポチを取ったらあとの抜糸は外来で大丈夫だからあと2〜3日で退院ってことに。具体的な日にちはまだ決定しなかった。賠償の話もその時には出なかったし。

そしてあっという間に時間が過ぎ、翌日。入院6日目。

昼過ぎに主治医がやってきた。レントゲン結果からもう管を抜いても大丈夫。穴もふさがったということで、いよいよポチとお別れの時がやって来た。
その上で、退院はいつがいいか聞かれたんで、はっきりと言っておいた。

「私はいつでも構わない。ただ色々話さなきゃいけないこともあるでしょうから、先生の時間がある曜日が良いんじゃないでしょうか」

すると主治医は、一応抜いた後もレントゲンを撮りたいから退院は金曜にしましょう、と言ってきた。
その上で、事務局や上の方と話し合いをしてもらうことになると思う、とのことだった。

分かります?
俺この時点で、『あ、主治医は話し合いには出席しないんだな』と気付いちゃいました。
実際出席しませんでしたし。もう現場レベルじゃなくなったってことでしょうか。
今までとトーンが変わることも予想されるから、万が一を考えて仕事用のテープレコーダーを持ってこさせること決めたのはこの時だった。

そんな話から30分後。

外れました!!この6日間ずーっと寄り添ってきたポチといよいよお別れしました。
麻酔の注射の痛さなんて、このあとのフリーダムな状態を考えたらなんでもないし。
初日のときにも書きましたが、この時に抜けた管をしっかり確認しました。内径5ミリ、直径7ミリのチューブが脇から10センチ強が入っていたみたい。あまりの痛さに俺はずっと金属が入ってるんだと思ってたんですが、さすがにそれじゃあ他の臓器にキズをつけちゃいますからね。直径がそれだけある物を肋骨の隙間から突っ込むもんだから当たる訳なんですねぇ。

それでもポチのことを気遣うことなくスッと立ち上がれるってウレシイねぇ。寝返りも打てるし。うつぶせも出来るし。いや〜自由自由!!

そ〜んな自由な俺のキモチを察してるんですねぇ。看護婦さんは。まっさきに注意されました。

「自由に動ける様になったからって、病院出てセブンイレブン行ったらダメですよ」

・・・・はい。そういうことしそうに見えたんでしょうねぇ。


さてさて、いよいよあの話です。
ポチが取れた翌日、昼過ぎに婦長がやってきて、

「夕方5時に話し合いを持ちたいと思います」

と言ってきた。退院は明日だからね。今日の内に済ませておくのはこちらとしても大賛成ですからオッケーしましたよ。そして5時少し前には奥さんも病室に到着。

定刻を少し過ぎて婦長が病室に迎えに来た。

例のミスを聞かされたあのカンファレンスルームにまた通された。
入ったらまず確認。誰がいる?あ、やっぱり主治医はいないんだねぇ。

左に事務局の人、真ん中に医局長、右に婦長が席に着いた。
向かい側に俺と奥さん。

俺の手にはメモ帳とテープレコーダー。
まだスイッチは入れていない。向こうの最初のトーン次第で断った上でスイッチを入れるつもりだった。
つまり間違いをどれくらいのレベルで認めるかという1点。そのトーンが主治医の口振りよりも下回ったらすぐに入れる気だった。当然こんなものを持ってること自体が相手にとってはプレッシャーになるだろうし。

口火を切ったのは医局長だった。まっさきにミスがあったことを認めて謝罪。頭を下げてきた。
この時点で半分はテレコの出番はないかなぁって感じ始めました。
ここで話の主導権が事務局に移った。
謝罪の気持ちとして、入院中に掛かった費用を全額負担したいというと言ってきた。

その金額は10万円弱。これがすべて。

う〜ん。微妙な金額だなぁ。ってのが正直な感想でした。
俺自身は入院費は全額自分で負担した上で、二桁万円の慰謝料をもらうっていうのを筋書きとして考えていたからね。それに関しては奥さんも似た様な感想だったみたい。
ただ、最初にも書いた通りごねるためにこの話し合いを始めた訳じゃなかったからね。

そして決定的だったのは入院中ののんびり生活だね。

NEC_0108.jpg


↑こんな景色を毎日見てたからね。戦闘意欲が薄れちゃったんだよね。
結論的には病院側の申し出を受けることにしました。

入院費全額病院負担。ホントは慰謝料でパワーブック買えるか〜とか期待してたんだけどね。(笑)
やはり大学病院じゃないからですかねぇ。一種の公立病院ですから、その辺はシビアなのかも。

ちなみに俺がこの入院で使ったのは、

テレビカード2枚分     2000円
雑誌&コンビーフ&新聞代  1000円   以上。


人から見てどうなのか。微妙でしょうね。なんでもっとふんだくらないの?って人もいるでしょう。
奥さんも一晩寝て、もっとあれもこれも言ってやれば良かったって悔やんでたみたい。
でも俺はあんまりなかったんだよねぇ。妙にすっきり。結論出て良かったなぁってくらい。
きっと主治医の先生が人間的に嫌いになれなかったからだろうね。これが序盤にカチンと来ることがあったら間違いなくごねまくって入院費全額病院負担の上に慰謝料もふんだくってたかも。(笑)

ただ、一点。病院側に強く要望したのは、金銭的には受け入れるから、原因究明、病院内での当日から現在までの対策、上部機関への通報の具体的な話といったことをすべて書面で出してくれと伝えました。
今回このようなことがあったということを文書の形で残したかったというのが私の中にあったんです。
あっさり金銭で納得しちゃうより大きいなぁって考えたんですが、甘いですかねぇ。

その文書がいつ来るかはわかりませんが、それが納得出来るものだったら今回の件は終了になります。
もし、納得出来ないことがあれば、いつでも話をしに行く用意はあります。

地元の病院ですからねぇ。これからも安心して掛かるためにはしっかりとした善後策を立てられるところじゃないとね。

なんだか、長々と書きつづってしまいした。
ここまで読んでいただいた方、納得していただける結果だったかはわかりませんが、これが私の判断でした。
こんなに時間掛けて読んだのにすっきりしない、って思ってしまった方、ゴメンなさい。

また別の機会にすっきりしてもらえる様な事を書きますから、それで勘弁してください。
それでは。ありがとうございました。
posted by かに at 23:55| 埼玉 ☀| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっぱりキャッチャーって経験なんですよねぇ

朝、エントリした通り、2日連続で河川敷に行って参りました。

昨日はウチのシニア主催の少年野球大会。息子の後輩達が出場してますからその応援&お手伝い。色々な事情で欠場の選手が多い中、なんとか勝利しました。

そして今日は河川敷の美化活動&オープン戦でした。
まーぼは1、3試合目に行われた2年生試合はベンチウォーマー。2試合目に行われた1年生試合にキャッチャーでフル出場しました。
結果は3打数1安打。3打席目、4点を追う最終回に2アウト満塁で打席が回りました。高めのストレートを右中間にはじき返して2点タイムリー。この試合チーム内唯一の強い当たりでしたからバッティングの方はまぁまぁ及第点でしょう。
帰宅後に聞いた本人談によると、朝練でKコーチが投げてくれるトスの高さとちょうど同じで、それをかぶせる様に叩く練習をさんざんしていたから打てたということらしい。成果が出てるから嬉しそうでしたね。

ところが、守備の方はというと・・・・。これは赤点かな。

相変わらずキャッチングがへたくそ。変化球でミットを出すのが遅れたのか、内股の同じ様なところに4〜5回ボールをぶち当てちゃったみたい。そのせいか足が痛くて、カバーに動かなかったりと緩慢プレーが目に付いた。ヤツにはまだ『痛かろうがやらなきゃいけないプレー』ってのを理解出来てないんだろうな。

これに関しては今日ではなく、日を改めて注意しようと思ってますが。
その日の内に言ってしまうと、オレも興奮してキツイ言葉になってしまう予感がしましたから。なんにしてもまだ見て覚えるということが大して出来てない。先輩のプレイのどこをみてるんだろうって改めて思ったりしちゃいます。前途多難って感じですわ。

なんでしょかねぇ、経験すればなんとかなるもんですかね。周りを見る余裕がないんですよ。リードとキャッチングで精一杯。向いてないとは考えたくないんですが、なかなか進歩が見えない難しいポジションですねぇ。ちょっとだけジレンマに陥ってしまいましたよ。
posted by かに at 01:23| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 中学硬式野球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一夜が明けて〜中だるみ期間<<2日目〜4日目>>


さてさて、驚きの処置ミスを体験してしまった入院初日。

その後何があったのか。ゆっくりと話を進めていきましょうか。




両方の肺に管が刺さり、その先にはダブルで『物言わぬポチ』。患部には継続的に痛みが走っている。

こんな状態だから、「もしかしたら痛みで目が覚めてしまうかも」と危惧していたのだが、人間というのは良く出来ているもので、その晩は驚くほど爆睡してしまった。一度も目を覚ますことなく、入院2日目を迎えた。


すぐに昨晩ほど痛みを感じないことに気付いた。これが人間の自然治癒能力ってヤツなんですかねぇ。
朝食後、またうたた寝をしたんだけど、そのあと目が覚めた時にはさらに痛みが引いている。

昼前にはレントゲンを撮りに一人で歩いて行けるまで回復していた。
そしてそのレントゲンを見た主治医が病室でウトウトしているところにやってきた。

右の肺はまったく問題ないから管を抜く、という話だった。
当たり前だっての。そもそも苦しくなかったんだから。

本当ならすぐ抜いたって平気なくらいだったんだけど、仮にも体に穴を開けて管を入れているのだから慌てて抜くのは良くないから、という説明を前日の夕食前くらいに説明を受けた、気がする。
というのもとにかく何だか眠かった。両親、妹夫婦が面会に来てたんだけど帰った直後からウトウトしてて、主治医と医局長って人が来た時には半分くらい意識が落ちてる所だった。
だから、説明もおぼろげにしか覚えてないし、それに対してオレも「あぁ、そうですか」ぐらいしか話せなかった気がする。

ともあれ、レントゲン結果から右の肺に入る管を抜く処置をすることになった。
管を入れたのと同じ処置室に入り、わずか10分。いつ管抜いたの?って感じ。一応縫う作業があるから麻酔は掛けてたけど、それにしてもあっさりだった。でも確実に右肺、右肋骨近辺の違和感が無くなってる。

それだけでかなり体が軽くなった気がするんだから現金なもんだ。

しかしそうなると余裕も出来て、ちょっと先のことまで考えられる様になった。
まず真っ先に思ったのが、「昨日と同じペースで寝てたら夜寝られなくなっちゃうかも」ってこと(笑)

いまでこそ笑えることだけど、その時は真剣に思ってたんですよ。
なにせ病室は4人部屋。消灯は9時。寝れなかったら何にも出来ないですからね。テレビだっていつまでも付けてる訳にはいかないし。とにかく夜は寝ちゃうのが一番ですから。

そう思って、病院内を散歩したり(ポチと一緒にね)読書したり、テレビ見たりと頑張って起き続けてみた。
これだけ起きてれば暗くなったら眠くなるだろってすっかり思ってました。

ところがところが、なんの罰なんでしょ。ちっとも眠くないんですよ。前日はあんなに寝ても寝ても眠かったのに。おまけに隣のベッドの患者さんに先に寝付かれてしまい、イビキ&寝言で戦意喪失。もう頑張ることを放棄しちゃいました。結局寝付いたのは多分2時近く・・・だった・・・かな。

この経験でその後は早く寝るための努力は止めましたね。無駄でした。眠い時には寝る。その場その場でやりたいことをやる。

こうして翌3日目から、本格的に『食っちゃ寝』生活が始まった訳です。
しかもこの生活はすごい反動が来るんですよ。生活のほとんどの時間を一人で過ごすから、誰かと会話し始めると止まらない止まらない。いや、たしかに元々おしゃべりではありますけどね。

だからでしょうねぇ。見舞いに来てくれる人から、

「思ったより元気だ」とか「心配して損した」

って思いっきり言われちゃうんですよねぇ。

『肺に穴が開いて24時間、体に管が刺さってる』って聞くとすごく重症だと思っちゃうんでしょうね。

悪かったね、こんな元気で。
実際この頃はもう半ば治った気でいましたからね。

この頃の一番の心配事と言えば現在進行形の病状ではなく、今後の再発の可能性の問題だった。

そもそも、自然気胸というのは何故起こるのかというと、まず肺に気泡があって、それが何かの拍子にパチンと弾けてその時に肺に穴が開いちゃうみたいなんです。
要するにその気泡が問題な訳です。これが肺にまだあったら再発、つまりまたパチンといってしまう可能性がある訳ですよ。

そうなると、またあの悶絶するほど痛い“管を刺す”処置をしなきゃいけなくなる。
それだけは・・・それだけは避けたい。

で、その可能性があるかどうかを確認するために入院4日目にCTを撮った。
月曜というのは病院はとにかく忙しい様で、ずーっとほったらかしにされたあげく、CTを撮ったのが夕方4時近く。まぁ、ダラダラ、ぐだぐだしながら待ってましたよ。暇つぶしの王様“クロスワードパズル”の本を買っちゃったりして。

結果を伝えに主治医が病室にやってきたのは5時過ぎ。そんな時間になってしまったから、CTの結果に関しては翌日におあずけ。同時に撮っていたレントゲンによる今後の処置についてだけの説明となった。
翌5日目の朝から、管にはさみとペンチの子供みたいな機具を使って、空気を抜く処置を止めるらしい。要するにポチに繋がる管をふさいでしまうということです。

ちょっと事態が動き始めました。だらだらと過ごしていた期間が過ぎ、退院、そして懸案の処置ミスの話し合いが近づいてきた訳です。

しかし、それはまた後日。すいませんねぇ、引っ張っちゃって(笑)
posted by かに at 00:53| 埼玉 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする