2005年03月02日

「きょうろぐ」選手名鑑:佐々木主浩(横浜ベイスターズ)

言わずと知れた球界一のストッパー。通算248セーブ
横浜においては、野球ファン以外にも顔を知られている数少ない選手の1人でしょう。

1968年生まれの37歳。横浜投手陣の中では最年長。
宮城県の名門、東北高校から東北福祉大を経て、89年ドラフト1位で横浜の前進、大洋ホエールズに入団。

東北高校の後輩には、パチスロ&喫煙が原因で卒業式に出られなかったダルビッシュ有(日ハム)、『赤いゴジラ』の愛称で去年ブレイクした嶋重宣(広島)がいる。
(赤いゴジラとは、ヤンキースに行ったゴジラ松井秀喜と同じ背番号55で、ユニフォームが赤いことから付けられている)

佐々木がドラフトに掛かった年、一番注目を集めていたのは、史上最多の8球団から指名を集めた野茂英雄(デビルレイズ)だった。横浜はクジに外れたため、佐々木を1位に指名している。
(この頃はまだ逆指名も自由獲得枠もなく、クジによる抽選が行われていて、毎年数々のドラマを生み出していた)

2年目からリリーフに回り、150��の速球と「来ると分かっていても打てない」とまで言われた落差のあるフォークボールで、『佐々木につなぐ』という横浜の勝利パターンを確立した。(そのパターンになかなか持っていけないのが痛いところだったんだけど)

当初は『佐々木様』だった愛称も(「ササキ様におねがい」って漫画もありました)、サンスポが報じた『大魔神』が定着。いまでは大魔神=佐々木と言っても言いすぎではないでしょう。

95年からは4年連続で最優秀救援投手賞を受賞。(その賞は今年から最多セーブ投手賞に変わるそうです)
98年には横浜ファンが38年待ち望んだ優勝に貢献。優勝前の9月19日には横浜駅地下街に佐々木の右腕をかたどった『大魔神社』が出来た。当然俺も拝みに行きましたよ。ちなみに優勝を決めた時のバッターは当時まだ阪神いた新庄(現日ハム)。もちろんフォークボールで三振だった。甲子園での優勝決定の日、仕事で佐々木達を追っかけ回していた私は、佐々木、谷繁バッテリーに捕まってしまった。「ばれてるんだよ。でも今日だけは許すよ」と言ってくれ、選手会の祝勝会にも入れてくれた。(10分くらいだけだったけど)ファンとしても記者としてもホントに感謝してます。

その翌々年、大リーグシアトルマリナーズに移籍。37セーブをあげてアメリカンリーグの新人賞を獲得している。4年間で129セーブをあげて、昨年日本球界に復帰している。
しかし古傷の右ひじ痛が再発して19セーブ止まり。オフに手術している。

今年のキャンプでは、江夏豊をはじめ多くの評論家は「まだ最盛期にはもどっていない」などと酷評しているが、実戦で作っていくメジャーにいた佐々木を今の段階で判断しているのは間違い。きっと今年は最終回に君臨する魔神として戻って来てくれるだろう。っていうか戻ってきてくれなきゃ困ります!

あ、それから『ストッパー』っていうのは、試合終盤の1、2イニング限定(大体最終回のみ)で相手の攻撃を防ぐ事を専門にしている投手のことです。アメリカでは『クローザー』とか言ってますね。
ちなみにまったく個人的なことだけど、ウチの息子は佐々木に憧れて野球を始め、佐々木モデルのグローブでピッチャーやってます。目標は「佐々木監督を胴上げすること」なんですよ。
posted by かに at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする